血の滲む踵で
「今までの恋は皆、この恋のための予行練習だったと思うのよ」
彼女は艶やかに光る唇に綺麗な笑みを浮かべながら言った。
すっと細まった黒目がちな大きな瞳に、どれだけ手間がかけられているか。この場にいないあの人は、きっと気づかない。
無垢は何の強みにもならない。純真は敗者の逃げ口上だ。
「たとえば、回り道があの人に巡り会うためだとして」
私は震える声を圧して問うた。
「その道程を、貴女は語れるの？」
「私は、沈黙を罪だとは思わないの」
晴れやかな笑みと笑わない瞳で、彼女は答える。
「たとえ歩んできた道のせいで、私の踵から血が滲んだとしても。彼の前では軽やかに踊ってみせる。それが出来るの」
言い切る通り、きっと彼女は踊ってみせる。だからこその本番なのだろうか。
多分、あの人は、彼女の白い踵に滲む赤に気づかないだろう。
鈍感な男の優しい笑みを思い浮かべる。
そして私は、少し泣いた。