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千日紅

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《07》 時間がない



なぜか次の日から、早苗はなかなか女に戻らなくなった。
暇さえあれば、男のまま助三郎を眺め、褒めちぎる。
あまりに恥ずかしいので、助三郎は真っ赤になりっぱなしだったが、格之進と過ごすことに慣れて噴火することはなくなった。

その日も仕事から帰ってきた早苗は格之進のままだった。
食事中も、風呂あがりも、ずっと助三郎を眺めてニヤけていた。

「ねぇ、なんでずっと格さんなの?」

イヤではなかったが、今までと違う妻の態度が気に掛った。

「美帆が俺に居て欲しいって眼してるから」

男としての誇りが崩れそうになった。

「……そんな眼してない!」

「怒っても可愛いなぁ」

口を開けば可愛いと褒めてくれる早苗だったが、本当はかっこいいと言ってほしかった。
鏡で自分自身の顔を見るが、そうは思えなかった。

絶対、早苗の方が可愛い。
なのに、ずっと格さんのまま。夜まで早苗に会えない。
格さんはかっこいい。それはわかっている。
でも、俺は男だ!

一人考え事をしていた助三郎だったが、早苗はその様子をずっと眺めていた。

「……ねぇ、見てて飽きないの?」

「ちっとも飽きない。…あぁ、可愛い。この世で一番可愛い」

真面目な顔で優しくそう言った早苗にうれしくなった助三郎は油断してニコッとしてしまった。
すると、眼の前の格之進は悶えはじめた。

「どうしたの?」

「……死にそう。…取って食いたいぐらい可愛い!」

「はぁ?」

その言葉は完全に男が言うような言葉だった。
助三郎自身も、早苗を見て何度も思ったことがある。
しかし、口には出さなかった。
『取って食う』など下品なことは言えるわけがない。


「……ねぇ、早苗になんで戻らないの?」

再び助三郎は妻に聞いた。
帰ってきた返事は呆れる物だった。

「だって、この姿のときのほうが美帆が数倍可愛く見えるから」

「見えるからって、それで何がしたいの?」

そう聞くと、突然早苗の表情は曇り、小さくつぶやいた。

「……紛らわすためだ」

「何を?」

「……本当は、助三郎に逢いたい。…女として、ギュって抱きしめてもらいたい。その気持ちを紛らわしてる」

自分と同じように我慢している早苗に憐みを感じた。
すぐさま謝り、手をそっと握った。
大きな男の手だったが、もう握ることに躊躇はなかった。
大好きな、妻で親友。その顔が曇るのを見たくはなかった。

「ごめん。早苗」

「いい。気にするな」

そう返す表情が明るくなったのを見届け、ホッとしたのもつかの間、助三郎は早苗の腕の中にいた。

「……ねぇ、だからってなんで抱きしめるの?」

「やわらかいから。気持ちいいし」

「もう!」

しかし、助三郎はもがくことはしなかった。
大人しく、格之進の腕の中にいた。

早苗も、柔らかいのにな。
胸が小さいとか嫌がってるが、十分柔らかい。
今男でゴツゴツしてるが……
早く男に戻りたい。抱きしめたい。


助三郎の不満そうな表情が目に入ったのか、早苗は抱きしめるのを止め元の姿に戻ることにした。
既に夜は更けていた。

「ごめん。…もう寝ようか?」

「うん。途中で格さんに変わらないでね」

「わかってる。美帆と格之進は夫婦じゃないから大丈夫」

さすがに、男と女で寝るのは憚られるので、必ず女同士で寝る。
その前の一時は女のおしゃべり時間。

「ねぇ、格之進と美帆ってどういう関係?」

布団の上で寝転がりながら早苗は助三郎に聞いた。

「友達以上恋人未満じゃない?」

助三郎はさらっと返した。
好きな感情は、妻で親友だから。
一度男として好きだと思ったが、やっぱりイヤなので考えを改めていた。

「恋人じゃないの?」

「……なんで?」

「美帆、格之進好きなんでしょ?あっちも大好きだし」

「あたしは、友達として好きなの!」

「強がっちゃって。…でも、美帆が格之進とくっついたら美帆はわたしの妹になる」

「そういえば…」

縁戚関係を整理するとそういうことになる。
格之進は早苗の弟。弟の妻は義妹。

「姉上二人に妹二人。ねぇ、結婚すれば?」

「なに言ってるの?冗談はそこまで。もう寝るの」

「そうだね。お休み」

「お休み」





次の日の昼、仕事の合間の休息中に早苗は主の光圀に呼び出された。
光圀は奥の座敷で机を前に、誰かからの文を眺めていた。

「御老公、お呼びでございますか?」

「……格之進、助三郎はまだか?」

何度聞かれたかわからない質問だった。
いくら名目上使いに遣ったとはいえ、職場に居ないのではそのうち他の藩士からも怪しまれる。
光圀自身も、助三郎が居ない状況を危惧し始めていた。
罪悪感を早苗は感じたが、感情を押し殺し、主にいつもと同じ言葉を返した。

「未だ女のままにございます」

「そうか。まだ戻らんか」

「申し訳ございません」

何時になく深刻そうに溜息をついたあと、光圀は眺めていた文を手に取りこう言った。

「……実はな、綱條《つなえだ》に呼ばれてな」

「殿に挨拶でございますか?」

水戸藩現藩主、徳川綱條は光圀の甥にあたる。光圀の兄の息子。
彼を養子に向かえ、跡を継がせた。
光圀は兄を差し置いて藩主になった。その償いを込めてか、このような関係になっている。


「もっと言えば、伊勢参りをして欲しいそうじゃ。隠密にな」

「重要なことでございますか?」

藩主が光圀に内々に頼んだこと。
祈祷などとは建前で、もっと重要なことがあるかもしれない。

「……とにかく行かねばならん」

「心得ました。そこで、出立の日は?」

「今月末に来いとある。…後十日ばかりが限度じゃ」

限度があまりに短く、早苗は驚いた。

「十日…」

「お前さん一人でも弥七とお銀が居るから問題ない。…早苗には可哀想だが、これは格之進への命じゃ。良いか?」

「はっ。心得ました」

主には逆らえない。まして藩主に逆うなど決してしてはいけない。
少々の心配を光圀がしてくれたが、それは形だけ。
命令は、絶対服従である。
早苗は光圀の前から引きさがり、人気のない縁側に腰かけて物思いにふけった。
すると、どこからともなく弥七とお銀が現れた。

「格さん、大丈夫ですかい?」

「あぁ。なんとか」

「そんな顔に見えないけどね。悩み事を言ってみなさい」

お銀がそう優しく言うと、早苗は少しだが思っていたことを口に出した。

「……助三郎に逢いたい。美帆は嫌いじゃないが、やっぱり旦那に逢いたい」

美帆で気を紛らわしてはいたが、一人になると助三郎が居ない寂しさでついぼんやりしてしまう。
仕事中も、気を張らないと失敗を仕出かす。


「可哀想に。本当はずっと一緒にいたいのにね」

「……わかってる。いつかは戻ってくる。でも待てない。時間がない」

「今一人で旅に出たら、逢えなくなるものね…」

「だが、拒否したらダメだ。俺は佐々木助三郎の代わりに出仕してるんだ」

早苗は、お銀に思ったことを打ち明けたが、弱気になりつつあったので自分に言い聞かせ、持ちなおそうと試みた。

「夫を支え、留守を守るのが妻の努めだ。なのに俺はどっちも出来てない。失格だ」
作品名:千日紅 作家名:喜世