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雪割草

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〈94〉ずっと一緒



ついに、祝言の日の朝が来た。
真っ青な雲ひとつない空だった。
昼過ぎ、湯に入り身を清め、白無垢を身につけた。
それはあの晩着た、ざらつく木綿の死白装束など比べ物にならないくらい綺麗な着物だった。
化粧を入念に施し、花嫁が仕上がった。


家族に囲まれ、口々に感想を言われた。

義姉は普通に褒めてくれた。
「早苗さん、きれいよ。」

兄は相変わらずイヤミを忘れなかった。
「馬子にも衣装だな。」

なぜか父は黙りこくり、
「……。」

母はうるさかった。
「早苗、背筋を伸ばしなさいね。」

早速、挨拶をすることになった。

「父上、母上、兄上、義姉上、長い間お世話になりました。明日から、佐々木家で励みます。」

「よく言えました。良き妻になりなさい。」

母は気丈にそう言ったが、隣の父はダメだった。
眼を真っ赤にし、とんでもないことを口走った。

「…祝言は中止だ。」

「へ?なんで!?」

土壇場になってのこの言葉に早苗は驚きと混乱を隠せなかった。
今まで何度も困難に直面した、やっと、やっと祝言に辿り着いたのに。
あまりに無神経な言葉が恨めしかった。

「…誰にもやらん。嫁になんかやらん!」

そう言うと、父の又兵衛はいきなり泣きだした。

「あんな男にやれん…。うぅ…。」

「ですよね?弟が出来るのはいいが。あぁ…。」

なぜかさっきまで減らず口を叩いていた兄の平太郎まで泣きだした。

「あんな男ってなんですか!?」

男二人が泣き出したのも意味が分からなかったが、大事な許嫁をけなされ、腹が立った。

「みっともない。今さら泣くんじゃありません!」
母は夫と息子を叱り飛ばしたが、逆効果で大泣きし始めた。

しかし、義姉の優希枝《ゆきえ》だけは平常心のままだった。
遠い眼で、思い出を話してくれた。

「…早苗さん、気にしないで。どこの父上も兄弟もそうだから。」

「義姉上のお父上も?」

「そうよ。もっとひどかったの。前の日の晩から泣き詰泣いてね。兄も泣いてね。うるさかったわ。水戸みたいな田舎はいかん!なんて失礼なこと言ってね。」

「そうですか…。」

男は弱く、女は強いと早苗は痛感した。


祝言は夕刻の日が落ちてからの予定だったので、自分の部屋で、思い出に浸っていた。
すると突然、畳に風車が刺さった。

「え?」

そこには紙が括りつけてあったのでほどいて読むと、
『祝言おめでとう。弥七』
とあった。

「もう、お嫁さん怪我させたらどうするの!?」

「イイじゃねぇか。ちゃんと距離置いたんだから。」

声がする天井を見ると、そこにはお銀に怒られる弥七がいた。

「弥七さん。ありがとう。」

「へぃ。どういたしまして。」

お銀が弥七を促し、二人して屋根裏から降りてきた。

「ごめんなさいね、脅かして。弥七さん、なんとか言いなさいよ。」

お銀がたしなめたが、弥七はびくともしなかった。

「子どもができたら、危なくない風車あげやしょう。」

「待ってますね。」

あきれ返るお銀にも早苗は礼を言った。

「お銀さんも、ありがとう。」

「結婚はいいけど、あの野暮で鈍感の何がいいのかしらね。」

「鈍感は治って来ましたよ。」

「そう?でもね、イヤなことあったら呼びなさい。針山にしてあげるから。」

眼を輝かせる彼女に早苗は背筋がぞくっとした。

「はい…。」

絶対に呼ばない。大事な人をとげだらけにはされたくない。

「そうだ、大事な話があるの。いい?」

「はい、なんですか?」

お銀は真面目に話し始めた。

「知ってると思うけど、貴女は、忍の血がほんの少し入ってる。だけど恥じる事は無い。堂々と生きなさい。」

「そうですぜ。俺らとは違う、日に当たって生きていける普通の武士の身分だ。忍びだったのは遠い過去だ。」

「はい。」

「じゃあ、またね。ご隠居さまについて祝言は出席できるようになったから。」

「そうですか!?ありがとうございます!」

「早苗さん、また何かあったら呼んでくだせい。あっしは早苗さんと助さんの味方なんでね。」

「はい。」

忍び二人は来た時と同じように屋根裏から帰って行った。



夕方、懐かしい人々が祝言に先駆けて挨拶に来てくれた。
江戸から、新助、お孝、由紀がやってきた。

新助とお孝は仲良く眼の前に座った。

「おめでとうございます。本当においら嬉しいです。お二人とも幸せになれるんで。」

「早苗さんと助さんのおかげで新助さんと出会えました。ありがとうございました。お二人みたいに仲良くしていきますね。」

うれしそうに言う彼らは早苗に負けずに幸せいっぱいだった。

「二人お似合いだから良いわね。結婚は?」

「まだですね。ちょっといろいろ忙しいんで。その分、もっとお互いに理解を深めようかなって。」

「はい。」

「新助さん、嫌われちゃわないようにね。」
からかいついでに、しっかり注意した。

「はい。頑張ります!」

彼らは祝言を執り行う助三郎の家に先に向かった。


次に、一番の友達の由紀がやってきた。
一人でやってきたので夫の行方が気になった。

「与兵衛さんは?」

「助さんところ行ったの。どうしても話しがしたいって呼ばれてみたいで。」

「そう。」

おそらく、女二人水入らずで話させてくれるつもりだろう。
由紀は、早苗の花嫁姿を見つめてつぶやいた。

「…早苗。綺麗よ」

「由紀の方が綺麗だったじゃない。」

「ううん…。」

突然由紀は泣き出した。

「なんで泣くの?」

「…早苗は泣いちゃダメよ。…お化粧崩れるから。」

「うん…。」

「いろいろあったけど…ちゃんと一番好きな佐々木様と結婚できるんだから。よかった…。」

その言葉通り、そのいろんなことでたくさん由紀に迷惑をかけた。心配させた。
でも、由紀のおかげでここまで来られた。
大事な親友が居てくれたおかげ。


「最後に言っておくわね。」

いつしか、由紀の眼から涙はなくなり、真剣な表情になっていた。

「なに?」

どんなことでも聞こうと、身を乗り出して言葉を待った。

「…今夜が勝負よ。怖がって格さんになったらダメだからね。ちゃんと夫婦になるのよ。
衆道はダメだからね!」

あまりにおかしい言葉に早苗は拍子抜けした。

「…由紀。わかってる。」

「絶対よ。」

あからさまに、注意しているにもかかわらず、危ない方を期待している由紀がおかしかった。
なにが面白いのか、やっぱり早苗には分らなかった。







日が落ちる直前、早苗は生まれ育った橋野家を後にした。
今だに泣きつづける父を慰め、駕籠に乗った。
親戚が後に続き、花嫁行列ができた。

佐々木家の玄関で駕籠から降り、橋野家の一番仲のよい若い下女に手を引かれ、座敷の奥へと向かった。
途中、集まった客のすべての視線を集め、恥ずかしかった。
その客の一番奥、上座には夫となる助三郎が満面の笑みを浮かべていた。

隣に座ると、助三郎がそっと呟いた。
横を見てはいけないので、正面を見たままだったが。

「…早苗、この世で一番綺麗だ。」

「…泣かないでね。」

「…わかってる。」

式が進み、三々九度が行われた。
作品名:雪割草 作家名:喜世