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われてもすえに…

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「あいつが小さい太郎だなんて笑えるよな。……こんなことどうでもいい」

 自嘲し始めた主を前に、喜一朗は休暇願を申し出た。

「殿、不躾ながら私も近いうちに暇を頂けませんか?」

「……お前も俺を見限るのか? みんな俺を置いていくのか?」

 ひどく悲しい顔をし、政信はさらにうなだれた。
そんな彼に喜一朗は笑顔で言った。

「いいえ。殿の傍を離れるくらいなら、切腹して果てます」

「お前……」

「良鷹を連れ戻して参ります」

「……できるのか?」

「職に戻すまでできるかはわかりませんが、努力してみます」

「なら、暇を近いうちにやるから行ってきてくれ」

「はっ」

「頼んだぞ。喜一朗。……あいつは俺の最初の友達だ。居なくなって欲しくない」

「では殿、一つだけお願いが」

「なんだ?」

「良鷹を信じてください。あれは嘘は言いません。お願いいたします」

「……わかった。約束しよう」

 政信と喜一朗は仲間を取り戻す決意を固めた。



 その仲間小太郎は姉を迎えに帰ると一人部屋に籠り出なかった。
絢女とどうしても顔を合わせたくなかった。
 しかしお腹が空いたので、台所へいって食事をもらおうと部屋を出た。
すると、廊下で運悪く絢女と鉢合わせしてしまった。
 すぐさま、脇に寄り顔を見はしなかった。

「ねぇ……」
 
 絢女が声をかけたが小太郎は聞いてはおらず、すぐさまその場を立ち去った。

「……失礼します」

「ちょっと」

 そう言われ振り向きはしなかったが返事はした。

「なんですか? ……絢女さん」

 すると、姉からもあっさりと返された。

「……なんでも、ないわ」

 
 小太郎は若い下男下女とともに夕餉をとった。
彼らは夕餉の席に出てこなかった小太郎を心配し、皆で食べずに待っていた。
 楽しい食事をとり、小太郎は部屋に戻った。
途中、屋敷の隅で一人薪割りをする吉右衛門がいた。
 小太郎は彼に駆け寄り、彼から斧を取った。

「爺、代わるよ。休んでて」

「若、もったいない。これは私が」

 渋る老人を小太郎は笑い、理由をつけて休ませることにした。

「風呂に入る前に、一汗流したい。腹ごなしもしたいしさ」

「そうですか? では……」

 吉右衛門はおとなしく小太郎に仕事を任せ、傍で見守った。
二人で話をしながら、過ごすうちに仕事の話になった。

「爺、そろそろ隠居したらどう?」

「まだまだ。若が正式に出仕するまでは現役のつもりでございます。息子には任せられません」

 吉右衛門には息子がいた。同じく瀬川家で奉公してすでに一人前だったが、彼の目から見ればいつまでたっても未熟のようだった。
 優しい吉右衛門に『隠居』されたらさびしいと内心思った小太郎は少しうれしくなった。

「そうか。なら力仕事の薪割りは俺が薪割りやる」

 頼もしい言葉に、吉右衛門は顔を綻ばせた。

「では若、お願いします。私は門の戸締まりをしてまいります」

「じゃあ、そのまま部屋で休むんだよ! いいね!」

「はい」


 吉右衛門は一回りも二回りも成長した小太郎を見て嬉しく思い、ほくほくしながら戸締りをしていた。

「修行の成果が眼に見える。良かった良かった。しかし、お嬢様はどうしたものか……」
 
 姉弟の不和は下男下女の間でも心配事になっていた。仲が良かった二人を元に戻したい彼らは何かないかと思案に暮れていた。
 
「まぁ、時間が解決してくれるだろうて」


 吉右衛門が門を閉め終え、潜り戸≪くぐりど≫から屋敷の中に戻ろうとした時、声が掛けられた。

「こんにちは」

 時間にそぐわない挨拶をする男を吉右衛門はいぶかしげに見た。
それに、日が落ちてから訪問するなど急用以外は失礼なこと。

「何用でしたかな?」

「お嬢様に会わせろ」

 身形は普通だが、焦点の合っていない不気味な眼と怪しい薄ら笑い。
よくわからない要求。
 吉右衛門は警戒した。しかし、無礼にならないよう丁重に男に伺った。

「申しわけありませんが、お名前とご用件は?」

 しかし、男に礼儀は通用しなかった。

「言う必要は無い。邪魔だ」
 
「あっ!」

 その言葉を最後に、吉衛門は意識を失った。

 男は昏倒した老人には眼もくれず、潜り戸から瀬川家の屋敷に侵入した。
腰の物を抜き払い、眼の前に構えた。
 普通なら月明かりを綺麗に反射する刀身が、血や脂で所々汚れて鈍く光った。
 それを見て男は薄ら笑いを浮かべた。

「待ってろ、お嬢様……」

作品名:われてもすえに… 作家名:喜世