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少女探偵

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私の兄は誠に罪深いお方です。
名を夏風帳といい、私の名である東山月花とはとても似つかぬ名字でありますが、それはこの夏風帳の名が、彼が小説を執筆する際の偽りの仮名であるからです。
兄は小説家でした。二つの頃に初めて本というものに触れ、それから三十年ずっとありとあらゆる文学を愛し読み漁った彼は、まるで魚が水を求める様に自然に、自らも筆を取りました。
それが世間に認められ著名な賞を頂き、その執筆が神の筆と讃えられるのも、きっと自然の流れだったのでしょう。

最初の頃は皆に讃えられ良い気持ちに浸っていた兄でしたが、やがてひとつの歪んだ欲が彼の心を支配しはじめました。
それは、今まで自分が読んだものよりももっと素晴らしい作品を読みたい。そしてそれを書きたいという、文学がお好きなら誰もがぶつかるであろう、浅はかな欲でございました。
ですが兄は、その欲に身を委ねました。そして考えたのです。
素晴らしい作品とは、いかにして生まれるのか。人が作品を生む。ならばその人は、どうして作品を生む。
熟考の果てに兄が至った結論は、いけないものでした。思えば、この頃に私が兄を止めていればよかったのかもしれません。
けれども私は、あの日兄がそっと私の耳に囁いてくださった「最高の物語の作り方」が余りにも甘美で刺激的だったものですから、それをつい見逃してしまったのです。

近頃は、連続殺人事件が流行だそうです。
狙われるのは個人ではなく、家族、恋人、友達同士など、決まって何らかの集団を形成する人ばかり。放火、刃物、銃、毒。やり方は色々ございますが、事件の全てに共通しているある項目がございました。それは、どんな事件でも必ず誰か一人が生き残るということ。
連続、と表現致しましたが、実際はそこまで続いておりません。
一年に一度。丁度人々の心が浮き足立ち、新しい世界の扉を開きたくなる春の頃に、その事件はいつも起きるのです。あまりにも期間が空いており、また被害者もやり方も全く統一性のないものですから、警察も凶悪な殺人事件としては扱えど、とても同一犯による連続殺人事件とは思いもよらないのでしょう。けれども私は、その犯人がたった一人であることを知っていました。誰よりも文学を愛し、極上の文学が生まれる事を誰より望んだ小説家、夏風帳が、その忌まわしき連続殺人事件の犯人なのです。

昔、小説を書くという行為について、兄と話した事があります。その時兄は足を組み、両の指を絡ませながら、楽しそうにこう仰いました。

「月花。素晴らしい物語とは、どうして生まれるか分かるかい」

兄の前ではただの無垢で阿呆な少女だった私は、ゆっくりと首を横に振りました。兄はそれを見て静かに笑うと、口を開きます。

「それはね、悲劇さ。上質の悲劇からは、上質の物語が生まれる。悲しみというストレスを文に乗せ、やがてそこから紡がれた物語は想像もつかぬ美しいカタルシスを形成する。月花。以前街で、ひどい殺人事件があったのを知っているかい」

私は頷きました。新聞でも大々的に取り上げられ、私もあまりの惨たらしさに唇を噛みました。
平凡な幸せな家族が殺害され、たった一人運良く、あるいは運悪く、大学生の息子が生き残ったと。

「あの犯人は、僕だ。僕は気付いたんだよ。誰かを喪う悲しみに勝るものはない。ならば強制的に誰かの命を奪い、悲劇を量産すれば良いのだ。それが理不尽であればあるほど、悲劇はより色濃くなる。あの生き残りはきっと、僕の生んだ悲劇を元に良い物語を書いてくれるはずだ」

そこまで言って、兄は自慢気に私を見ました。私は小さな正義心で、唇を震わせながら兄に抗議します。

「お兄様。そんな事はいけません。欲に突き動かされた人殺しなど、それは理性を失い気の違った野蛮人の行いです。どうかお兄様、今すぐその行いを猛省し、警察に自首しては頂けませんか」

敬愛する兄に抗議することは大いに恐怖でありましたが、私は胸を張って言い切りました。兄は困った様に笑い、それから私の目を真っ直ぐに見ながら言いました。

「僕の綴る物語の最初の読者であり、いつも耳を傾けてくれていた君なら、僕の持論を分かってくれると思っていたのに。残念だ。だが僕は、こうして悲劇を生むことを止めるつもりはない。月花、僕を野蛮と罵るのなら、君が聡明な探偵となり、物語よろしく名推理で凶悪殺人事件のたねを暴き、犯人である僕を白日の元に引きずり出してごらん」

そこで私は、言葉に詰まりました。お兄様がどうやって一家を殺害したのか。なぜ、警察に捕まっていないのか。ただの娘である私には、どう考えても分かりそうになかったからです。警察に言いつけようにも、突き付ける証拠がなければ女子供の妄想と扱われて終わりでしょう。

「もし君が探偵となって僕の秘密を暴き、犯人を晒しあげたのなら、僕は喜んで君の言いなりになろう。それが出来ないのであれば、僕はまた悲劇を生み、新しい名作の親になる」

私は何も言えませんでした。兄を止めたくとも、止められない自分を恥じました。
恥ずかしさのあまり唇を噛みしめ床を見つめ、肩を震わせる私を見かねてか、兄はそっと私の両肩に手を置き、そして耳元でこう囁きました。

「月花。そう震える事はない。想像してごらん。あの暖かい人の体から、みるみるぬくもりが失われていく絶望を。神の創りし傑作である『生命』という作品を、僕が奪い止めてやったという高揚を。その悲劇を胸に育った人間が、それを糧にしていったいどんな僕の知らない物語を生むのかという希望を想像するだけで、胸が高鳴らないか」

私は何も言いませんでした。ですが、その時私の胸は若い乙女の初恋の様に、確かに弾み高鳴っていました。兄を止めたいと思うのに、兄の提案するその蛮行が好奇心旺盛な私にはどうにも刺激的で、そして悪しきも魅力的で、私は兄を止められなかったのです。
一年に一度の頻度で、兄はその殺人を続けました。私だけに真相が分かり、けれど証拠は掴めないその殺人事件は今年で三度目になりました。私は探偵にはなれず、兄の眉間を指差し犯人の名を宣言することもできず、ただ兄の凶行を見守るばかりでした。ですが私も、仮にも一流小説家の妹です。物語に置いて、避けねばならぬ展開は心得ておりました。それは同じ展開を三度以上続けること。それをすれば、どんな根気ある読者でも飽きて本を閉じる事請け合いです。
だから、なんとなくではありますが、似たような殺人が三度目を迎えた頃。私は兄が次に定める悲劇の種子が誰かを、既に悟っていたのかもしれません。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

妹を殺してしまった。僕の下らない空想話に馬鹿みたいに目を輝かせ、耳を傾けてくれていた可愛い妹を。
許せ、妹よ。もうこれしかなかったのだ。素晴らしい物語は、素晴らしい悲劇から生まれる。それが僕の持論。誰にも話した事はなかったが、たった一人の妹にはそれを呟いた。その時妹は、僕の趣味の悪い持論にうっとりと聞き入ったものだ。
作品名:少女探偵 作家名:藤亜