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紺碧塔物語/第二部

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第七章/甲斐のない努力、支払うべき対価


■ □ ■ □ ■

 結局のところ──騎士位の最高位に属していると言ってみたところで、地方のやくざを取り仕切っている立場にいるのと何ら変わりはないのだ。苦々しく認める。
 単体の武力を極めて政治力に達するまでに至った人間を八戦聖として任官し、王権への従属を求めるという手法自体にそもそもの齟齬があった。どれだけ高度な政治力として扱ってみたところで武力は武力でしかないし、だとすれば半永久的な危険性を孕んでいる──つまりは反逆や反乱といった、武力蜂起の芽を完全に摘むことは誰にも出来ない。
 だからこそ、八戦聖はあくまでも騎士位に留め置かれている──まかり間違って大陸王権への加入など許されようものなら、いつ簒奪劇が起きてもおかしくはないからだ。
 ──それを私が言うのもおかしな気がしますけれど。
 騎士団の筆頭、大陸勇者の代表権者、八戦聖の一人──《剣審》ソライロ。
 立場はどうあれ、自分がまだ十代半ばの少女でしかないことは重々承知していた。明るい空色の髪と瞳は母親譲りで、体の発育が遅いのも遺伝のせいなのだろう。短い背丈は相手の油断を買うのに役立っている。そうでも思わなければやっていられない。
 ──まったく。
 やっていられない、というのが今のソライロの心境を最も端的に表す言葉だった。
 排斥王都ヤンブルの城内、大会議室に籠もってもう二日になる。
 表向きには、隣接する自治都市に居を構える紺碧塔学園での公開試技見学について話し合うという名目で集められはしたものの、貴族連中に別の目的があることは容易に知れた──学生達の試合を見学するためだけに八戦聖が招集されるようなことはあり得ない。そこまでこの大陸が平和だったとしたら、そもそも八戦聖という枠組みそのものが不必要とされていただろう。
 ある意味王権から最も縁遠いこの排斥王都にあっても、貴族というのは存在する。
 百年前ならいざ知らず、現在の彼らにとって目的と呼べるものはたった一つしかない。
 ヤンブルにおける貴族位の復権と、現大陸王権への復帰。
 そのために政争を繰り返し、貴重な資源を浪費し続けている。
 大陸王権の本拠、王都琥珀宮からすれば、旧王都の貴族達にはむしろ消耗を続けていて欲しいといのうが本音だからなのだろう。疲弊するヤンブルの国民達を積極的に支援しようという施策は、これまで一度もとられたことがない。それを慈悲と見ているのか、或いはかつて自分達こそが大陸の支配者だったという自尊心を未だ大切に抱えているせいなのか、この国の貴族達は戦争を間近に控えた今になっても尚、それを政治の道具として利用しようと必死になっている。
 会議室は無駄に広大で、無意味に豪奢だった。赤絨毯が敷かれた上に重厚長大なテーブルが設置され、壁にはいかにも高級そうな絵画が飾られている。調度品の全てに見て取れる程度の高級感が漂い、つまりは全体的に成金臭い。手元のインク壺に硝子ペンを漬け込みながら、渡された羊皮紙に目を通す振りをする──書面には何度か目を通したのだが、どうしても中身が頭に入ってこない。
 ようするに、騎士養成学園で行われる公開試技について、各教室を支援する貴族達が何とか金銭的、政治的に介入し、学園における立場を強大化できないかということを恐ろしく遠回しに話し合っているのだろう。教室には当然教師が存在し、全員ではないにしろ何人かは貴族のバックアップを得ている。自分が後押しする教室が良い成績を修め、王都へ騎士として輩出されれば、それだけ現王権への貢献度は増す──子供達を政争の道具として扱うことに、この貴族達は何の疑問も持っていないようだった。子供と言えば、ソライロ自身もまた学園で暮らす生徒達と大差ない年齢ではあるのだが。
 ──私の場合は、道具であることを望んだのですけど。
 だからといって、都合の良い道具であろうとは思わない。
 頬杖を突いたまま、先程から熱弁を振るっている中年男へと視線を投げかける。会議には自分も含めて十八人が出席していた──ヤンブル到着と同時にさっさと行方を眩ましたザイナーハを恨みに思いながら、途中で退席するわけにもいかずに退屈を持て余す。
 同じく八戦聖である《力の天道》スキと《赤鷹》リンドバーグを除き、残りの十五名は皆ヤンブルの貴族達だった。老いて枯れた男ばかりで、正直見ていて楽しいものでもない。まして彼らが皆、自分の権勢を第一に考える豚のような人間ばかりだと理解してしまった後は、この会議とやらが拷問と大差ないものに思えてしかたがなかった。
 こちらの倦怠に気付くこともなく、禿頭の中年は激しい身振りまで交えて弁舌を一層激しいものへと変えていく。
「──近く四修羅戦役が再勃発する可能性も指摘されている。琥珀宮の御方々が足並みを揃えられないのはいつものことだが、今回ばかりはこちらの意見も無視はさせない。戦争状態となれば、大陸は慢性的な戦力不足に悩まされているんだ! 騎士叙勲を受けていない生徒達でも、いざとなれば戦場に立ってもらわねば──勿論その折には、私としても最大限の援助を惜しまないつもりだが……」
「最大限の援助とは、あなたの子飼いの連中を最優先に後衛へと配属するということではないのでしょうな、マンナ卿」
 もう一人──こちらは痩せ細って背も低い、だが異常な眼光だけをぎらつかせた男が声を発した。禿頭のマンナとかいう貴族が怒り出すよりも早く、彼もまた大袈裟すぎる程の身振りを交えて滔々と語り出す。
「いや、勿論そんなことはないでしょう。前の戦役では勇猛で知られたマンナ卿の手勢だ。当然最前線に投入されるおつもりなのでしょうがね」
「も──勿論だ。現実的には騎士軍本部の配属決定に従うことになるが……」
「ですがマンナ卿、戦役が実際に再勃発した場合、犠牲者が出ることは避けられない。未成年者を超法規的に徴発したとなれば、親族達は裁判を起こすでしょうな。検事にどう申し開きするのですか? 緊急時だったから仕方ない、子供でも盾代わりぐらいにはなったとでも言うおつもりですか?」
「何を馬鹿な! これは徴発ではない。あくまでも志願制だ。ただ全員を予備役として採用するわけにもいかん──その際に個々人の成績を参照するのは、むしろ犠牲者を減らすための当然の措置だろう!」
「個々人の成績を参照するのは私も賛成ですよ。ただ一つ、その参照先が公開試技などという学生のイベントだけに収斂してしまうことは反対です。学術研究の成果も参考にすべきでしょうな。今の騎士軍は魔術のリソースに頼っている部分が大きい──剣を振り回してどっちが強いの弱いのと騒ぐだけの生徒より余程、魔術専攻の生徒の方が戦力として期待できる」
「それこそ本末転倒だ! 数少ない魔術専攻科の生徒を戦場に放り出すつもりか? 卿の言う魔術のリソースとやらを無為に消費することになるぞ──犠牲者が出ることは避けられないなどと言ったばかりの口でよくも言えたものだ。前回の戦役で《超兵器》ジェガが第一に殲滅目標として選んだのが魔術騎士だったことを、まさか忘れたわけでもあるまい──」
「──ならば、剣術騎士と魔術騎士、双方の適正を持つ人間でも選んだらいかがですの?」
 しん──と。
 場が凍りついた。
作品名:紺碧塔物語/第二部 作家名:名寄椋司