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エイユウの話 ~春~

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「じゃあ、当人に聞きゃあいい。あそこで一人で食ってっから」
 キサカは気付いていたようだ。彼がキースの向かいではなく隣に座った時点で、彼女の存在に気付いていたと考えるのが正解といえよう。キースが再び視線をそちらに向けると、少女は一人寂しく食事をとっていた。オレンジ色の椅子があれほど似合わない光景はない。何で空いているのかも解らないようで、そう遠くない範囲に腰をかけている。気まずくなったラジィは、ゆっくりと腰を下ろした。その表情は少し固い。いや、青ざめているようにも見える。聞こえていたら気まずいのだ。
 キースとキサカを交互に見てから、彼女は前のめりになる。その顔は先ほどと打って変わって険しい。それからひそひそと話し続けた。
「いつからいたの?」
「俺が知るか」
 小声で話す彼女をよそに、キサカは調整もせずに返した。調整なんてしなくても、このにぎやかな食堂では、二つ先の学生の会話でさえ聞こえない。ひそひそ声で話したラジィの声は、対面のキースでも耳を澄まさなければならないほどだ。それでもキースはラジィにあわせて小声で話した。
「さっき座ってるのを見たよ」
「何で教えないのよ!」
 ラジィはキースをにらみつけた。ただの八つ当たりである。キースは重心を後ろに傾けながら、視線をそらした。何の影もない曇りガラスが、逃げてきた彼を受け止めてくれる。
「彼女の話題が出るか解らなかったし、本人目の前にわざわざ言い始めるほうが不自然だよ」
 キースがちらり、と視線を戻すと、同時に隣に座るキサカがお茶を一口飲んで右手を上げた。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷