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株式会社神宮司の小規模な事件簿

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 若松氏とサンドゥーさんが互いの怪奇現象について語り合ってから早4日。代田さんの噂を知らぬ者は最早社長だけになっていた。
 皆が皆代田さんが何か動く度にぴくりとする。そんな皆の見解はピタリと一致していた。それは即ち"代田ドッペルゲンガー説"である。ドッペルゲンガーとは性別問わず己と全く同じ姿をした者のことを言い、世界にはそのような輩が3人もいるという。そしてその全てと出会ってしまった人間はなんともはや死に至るというのだ。割合純粋な人間の多い株式会社神宮司社員はその話を聞く度に皆ぶるぶる震えあがった。
 ある者は盛り塩を机に置こうとし(たもののちょうど切れていたので代わりに黒砂糖を置き蟻を大量発生させ)、またある者はドッペルゲンガーとは違う顔をしていればいいのだと妙な理屈を発案し常に顔の中心部が右斜め上にずれているように気をつけたりしていた。
 一方の代田さんはというと、その騒動の中心に自分がいるということを知ってか知らずかいつも通りの決め台詞「私、綺麗?」を放ちながら裂けた口にオロナインを塗っているだけだった。
 それでは噂を広めるきっかけを作ってしまった若松氏はというと罪悪感に押しつぶされそうになっていたのである。己のせいで何の罪もない女子社員を噂のまとにしてしまったのだ。若松氏は時折、何かを思い出したかのように髪をかきむしりつつ低いうなり声をあげていた。このような憂いを帯びた若松氏の姿は一層女子社員の胸をときめかせた。無論若松氏には知る由も無かったが。
「嗚呼なんということをしてしまったのだろう。我罪を知る者はさぞ私を軽蔑しているのだろうなぁ。神は我を赦しはしまい。いいや目に見えぬ神よりも更に恐ろしいのは現実なりて。我を裁くはいずくにか。」
「ちぇすとー」
 通りすがりの神様が若松氏に柔らかめの天罰を与えた。しかし若松氏は全く気付かなかった。はて、己が気付かぬ罰というのは果たして罰といえるのか?答えは出そうにないので先に進むとしよう。
 若松氏は宙を睨む。
 どうにかして現状を打破したいのだ。
 若松氏ははたと思い付きくるりと隣の席を見た。隣の席のサンドゥーさんは何やら熱心に切り絵でアッシュルバニパルを作っているところであった。
「サンドゥー君、ちょっといいかい。」
「あまりよくないネ。今大事な"くびれ"切ってるとこヨ。」
「女王でもないのにくびれは必要ないだろう。」若松氏は呆れて首を振った。
 しかしサンドゥーさんは見向きもせずくびれを切り続ける。「いんやコレは美の問題ネ。膨らみとへっこみがなきゃ美はないヨ。コレ当たり前の話ネ。」
「成る程その説も一理ある。だがしかし今はそれどころでは無いのだ。近頃の私は悩みに悩み睡眠障害を引き起こし頭痛吐き気胃痛動悸息切れ救心救心全く持って仕事が手につかぬのだよ。どうにか力を貸してはくれまいか。」
 さすがのサンドゥーさんも若松氏の彼らしからぬ焦燥ぶりに気が付いたらしい。ふんと鼻を一つ鳴らし若松氏の方へ向き直った。
「代田さんのこと?」
「あぁそうだ。」
「何故アナタが気に病む必要がアル?事実彼女はおかしな人ダヨ。誰も私タチ責めナイし彼女も責めてナイ。困ること何もナイヨ。」
「確かにそうかもしれない。しかし私は一人の純白なる乙女の潔白を晴らさぬ限りはとてもではないが堪えられぬのだよ。勿論我々が彼女を取り巻く不可思議な現象を目撃したのは確かだ。しかしてそれはこの様な形で広まってしまっていい、という理由には成るまい。そもそもあれらは本当に彼女であったのかさえ解らぬのだよ。他人の空似ということも有り得るではないか。その様な様々な可能性を検討する前に安易に社内で会話をし噂をばらまいてしまったのはやはり他でもない我々なのだよ。そして我々はその責任をとって然るべきだと思う。」話終えた若松氏はふぅと息をついた。
 サンドゥーさんはハサミをかたりと置いた。彼はぶるぶると震えていたのである。
「許セ若松。」サンドゥーさんはぼたりぼたりと涙を流した。
 若松氏は動揺を隠せない。
「一体どうしたというんだい?」
「まさかオマエがそんなに責任感強いと思わなかったヨ。デモもう遅いヨ。ダケド私責任とる。私が消える。シタラ心置き無く社内で怪奇現象起こすヨ。噂消すにはこの方法しかナイネ。噂消すのは噂ダケ。コレ当たり前の話ネ。」
 そう言った瞬間サンドゥーさんはぱちりと消えた。
 若松氏は目をしばたいた。「はて?サンドゥー君は一体何処へ。」
「成仏したのではないかな。」
 そこへ現れたは我らが神宮司社長であった。
 神宮司社長は三角チョコパイをかじりながらふんふんと鼻唄を鳴らしていた。
 若松氏ははてなと首を傾げる。
「いや、しかし成仏したのでは怪奇現象が起こせぬのではないかな。そもそも妖怪は成仏等するものだろうか。しかして寂しくなるものだ。彼は社内で唯一話が合う生き物であった。」社長はふうと溜め息をつく。
 若松氏の脳内は大量のクエスチョンマークで埋め尽くされていた。
「妖怪?一体何のことでございましょう。私にはとんと理解致しかねます。」
 社長はちちちと指を振る。
「サンドゥー君だよ。彼は砂怪人、所謂sandmanだったのだ。知らなかったかね?悪戯好きな愛いやつであった。よく砂で社内の人間のそっくりさんを生み出しては遊んでいたものだ。」
 社長は喪に服すかのように下を向き首を振るとゆらゆらと社長室に入っていった。
 残された哀れな若松氏は己の責任感故に消えてしまった隣席の同僚を思い、ポタポタと涙を流したのであった。