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雪は穢れて

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 普通、血の臭いを嗅ぎ取ったのなら、近寄らないと思うのだが、それでも抹茶は狼に懐いていて、その度に王女が嫉妬をする。抹茶は、王女が嫉妬するのも楽しいようだ。
 嫉妬してしまうのも判る気がする、というくらい、抹茶は可愛かった。
 特別容姿がいいわけではない。顔だって普通の顔で、眼鏡をかけていて、髪の色はこの国にはありふれた薄茶だった。
 でも、愛想が良くて、ついでに言えば、兎の獣耳と、尻尾が可愛さを引き立てていて、男性なのに、男を意識させることはなかった。
 そして、抹茶はその自分と周囲の反応に気づき、それらしく振る舞うことが得意で、より可愛く見える演出が出来るのだろう。胸にある平仮名の手製の名札も、その演出だろう。王女は酷く気に入っていた。

 「ろーくん、お仕事です?」
「……あのな、何回言わせれば判るんだ。クンをつけるな」
「何でぇ? ろーくん、ろーくんです。ろーちゃん、変」
「くんも変だから、狼でいい」
 狼はそういって、もう無くなりかけのタバコを抹茶の口に渡した。
 王女は抹茶の体に悪いものを与えようとしない。だから、たまにはこんなのも欲しいだろうと気まぐれを起こして、そして黙れと暗に言いたくてあげただけだったが、抹茶は、ぼっと顔を赤くして、両手で顔を隠した。それを怪訝そうに、狼はどうした、と問いかける。
 「ろーくん、これ、関節キスです」
「お前は気にするな。僕も気にしないから」
「でも、ろーくん雌です?」
「ああ、雌だよ」
 そう言って、狼はほら、と自分のズボンの上の短いスカートを見せる。ひらひらでもなければ、特別体を引き締める効果をするわけでもない、装飾のないただのお情け程度のスカートだ。
 本当はワンピースのような形なのだが、それはベルトで締まられ、まるで違う服のような形だ。
 黒の鋭い目に短い髪、そして口調に性格、更に言うなら粗忽さに腕前が、自分の性別を男に見せている。
 それに気づいた狼は、つい最近からこのワンピースを着るようにした。
 派手なスカートは恥ずかしくて履けないし、目立つし、フリルの着いたようなものなどただ邪魔で、長いスカートも邪魔で動きづらいという理由で、女なら誰もが選ばないこのワンピースを愛用している。
 一応胸もあるのだが、タッパがある所為で、詰め物だろうと触って笑う者が出てくる。それが酷く腹立たしいので、心で女性に対する礼儀がなってないと窘めつつ、体では殺しを行動している。
 「ろーくん、かっこいい年増の雌です」
 にっこりと頬笑んでそういうこのクソ兎を何度頭の中で殺したことか。
 かっこいい、は余計だ。年増、は要らない。確かにもうすぐで二十代を終える年で未だに結婚相手も居ないが、それをこの兎に言われたくはない。
 かといって、王女の愛玩動物を殺すわけにもいかない。
 それを判っている上で、抹茶は言って、狼の歪む顔を楽しんでいるのだ。
 狼は、この場から逃げるように離れ、王が呼んでいる、自分専用の待合室で待つことにした。その背中を見て、抹茶が笑った気がした。

 「待たせたな、すまない」
 室内に入り数十分経った頃合いに、王がやってきた。
 自分が来たと知らせが入って数十分、多忙な王にしては急いで来た方だろう。
 狼は、立ち上がり胸に手を当て一礼してから王の許可が得られるまで、そのままの格好だった。
 「今日、来て貰ったのは、実は……なぁ」
 言いにくそうな相手。毎回、王は殺しを頼むときはこんな困った顔をしているが、今日は何時にも増して頼みにくそうな顔をしている。
 不審に思い、如何なされました、と自分から依頼を伺ってみる。時間の無駄遣いは嫌いなのだ。

 「……この世界の種族は、判るか?」
「……――未だ未確認の者も居ると思うので、何とも言えません」
「……うむ…。ではな、狼よ、天国と地獄を……信じているか?」
 唐突すぎる質問に、片眉が思わずつり上がった。表情を表に出すことは、王の前では自分では禁じている。それなのに無意識に出てしまったと言うことは、それほど驚いているのだろう。
 殺し屋である自分への、皮肉だろうか? もしかして、暗にリストラを宣言されているのだろうか?
 「死んだことがないので、何とも言えませんが、あればいいと思います」
 そうでなければ、死者は何処へ行くのだろう。消えるのだろうか?
 この返答は、狼の密かな希望、でもあった。死者の世界があるなら、そこで死者は生きればいいのだ、そう考えてないと、考えていないと……。
 「……狼よ、私が言うことを信じられるか?」
「……今まで陛下の意に反したことがありましたか?」
 それは信じる、という言葉の代わりだった。素直に言うよりは、気恥ずかしくはない。何より、狼は信じるという言葉が嫌いだった。
 王は、それを言うと有難うと溜息をついてから、何処か遠くへ目をやり、話し出す。
 「世界中に、世界中に、それぞれ村や町、国を束ねる一番の責任者へ、警告が出された」
「魔物からですか」
 狼は、何だ、と安堵して問うてみた。こんなに言いづらそうにしているから、どんな大国の偉人を暗殺するのだろうか、と少し緊張していたからだ。
 魔物ならば自分に依頼しなくても、冒険者達が何とかしてくれる。「勇者」を目指して。
 人外の姿をして、人間に危害を加える者を、この世界では「魔物」と括っていた。
 そして、「魔物」は無条件に殺して良くて、名の知れた名前の「魔物」なら賞金も出るという。一番の「魔物」殺しを、「勇者」と呼び、崇めている。
 「魔物」を殺す冒険者と、「人間」を殺す自分、どう違うのか、等考えるほど狼はナイーブではなく、ただ、魔物なら、自分ではなく冒険者へ頼め、と思っていた。
 だが、王が紡ぐ言葉は、狼の範疇外だった。
 「幽霊の世界には、地獄か天国か、があってな。両方の世界でも、ある人間に肩入れしているらしく、もしその人間が寿命以外で死んだら、地獄も天国もその人間以外入れさせないと、警告が出されたのだ」
「…………」
 今、何かを喋ったら、王を罵って侮辱罪で死ぬ予感がした。
 有り得ない。そんなの有り得ない。ただ、狼は目を見開き、首を傾ける。
 「……その警告は、他の民に知れてはいけない、と言われている。戦闘員、以外には。魔物も、その「以外」に入る」
「……誰かの嫌がらせでは?」
「……その肩入れされてる人間を調べたのだが、その人間を殺しかけた者達は、全員「呪い」殺されている……」
 呪い、殺される?
 全員、殺されてる?
 まるで……。
 (自分のようではないか)
 別に、呪われて殺されたわけではないが。自分に関わって自分が手を下していない者は、事故か病気か、てんでばらばらに死んでいる。
 呪い、というのも、あやふやで、様々な種類があるので、断定出来ないのでは、と聞いてみる。そんな発言も出来るのも、かつて自分が呪われかけたことがあるからだ。その時は、気づき、呪詛返しを同職の呪い経験者に頼み命を助けて貰った。その経験で少し呪いについて調べたことがあった。その経験者からは、色々学んだ。
 だが、王は白髪の交じった黒い頭を抱えて、深い深い溜息をついたのだ。
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ