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くちなしの歌

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例年のことではありますが、初夏の日差しが少しずつ肌を刺してくるこの時期になると、我が家の庭の隅ではくちなしの花が開き始めます。
私にとってこのくちなしという花はほんとうに魅惑的なものでありまして、とりわけあのふくよかでむせ返るほどの甘い香りが私を小さな羽虫のように引きつけてやまないのです。
少々おおげさかもしれませんが、真冬の寒さの中でもその葉の緑を失わないくちなしですから、花咲く季節ともなれば、溢れ出すその香りからは命の高鳴りが響いてくるように思えるのです。
私にはそれがほんとうにくちなし達のうたう歌にも思えて、時間の許すかぎりその歌声に耳を傾けていたくなるのです。

ただ残念なことに、くちなしが花開くといっても、みんながいっせいにというわけではありません。    
まだつぼみのなかで眠そうに片目だけ開けかけているものから、まさに今、見事に咲き誇り、童話のなかに出てくるお姫様のように麗しく香り高いものもあります。そして同時に、もう茶色くさびついた頭を地面に向けて垂らし、ひからびた臭いを放つものまでも─────────
枯れかけた花は命のラッパを吹き鳴らし、歌をうたい合う花々のなかにあっては、いっそう醜く、痛ましく見えますし、ことさらそれに心を寄せる人もいないでしょう。

ですが、心を澄まして命の大合唱に聞き入ってみると、かすかですが茶色くしなびた花からも安らかな澄んだ歌声が聞こえてくるのです。
「これでいい。これでいい」と静かにうたっているのです。
すると、その歌声に応えるようにつぼみの中の赤ん坊が「これでいいんだ。これでいいんだ」といよいよ花を咲かそうとうたいだし、花のお姫様も「これでいいんです。これでいいんです」と沈んで行く夕日の遥か先を見るようにうたっているのです―――――――――――――――

そのくちなし達の歌声がやがてひとつに高鳴り合い、ますます甘くかぐわしい香りとなって庭いっぱいに溢れだすと、私の心にはなにかもう、言い様のない深い想いがこみ上げてきて、短い初夏のくちなしの季節にいつまでも寄り添い続けていたくなるのです。
作品名:くちなしの歌 作家名:池田虫二