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我的愛人 ~何日君再来~

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第七章



 愛新覚羅という姓で私は改めて思い出した。そう、この人は清朝王族の王女様なのだと。自信に満ち溢れて私の前に現われた男装の川島芳子、大勢の取り巻きに囲まれた金璧輝、そして今私の隣に座っている、黒い男物の絹の旗袍を着た寂しげな横顔の王女、愛新覚羅顕㺭。
 どれが本当のあの人なのだろう?
 
 私は杯にちょっとだけ口をつけた。相変わらず飲み慣れない灼熱の液体が喉から身体の深奥へと滑り落ちてゆく。
「名前なんてどうでもいいさ。ヨコチャンとお兄ちゃん。それでいい」
 あの人の白い手が私の頬をさらりと撫でた。ほんのりと紅く染まった私の熱い頬に触れたその掌はとても冷たかった。
「また歌って」
「え?」
「あの歌。好きなんだ……だから今度は僕だけのために」

 酔いのまわった身体をソファの背もたれに預けてあの人は腕を組んだ。私に断る理由などない。むしろ嬉しかった。大好きな歌を大好きなあの人の為に歌えることにこの上ない喜びを感じた。私は周りの客に聞こえないよう小声で、けれどいつもより心をこめて歌い始めた。
 落とされた照明。卓の上に頼りなく灯る紅い蝋燭。杯の中で揺らめくお酒。あても無く漂う煙草の匂い。ぼんやりと宙に注がれたあの人の視線。その眸からすっと涙が頬を伝った。

「お兄ちゃん……!」
 私は驚いて思わず歌詞を飲み込んでしまった。
「ヨコチャンのせいじゃないよ。構わない、続けて」
 眸を宙に据えたまま、あの人は私を片手で制するとそう言った。私はどうしていいか分からなかった。止めど無く零れる涙をそのままにあの人が何故泣くのか、そして哀しむあの人をどうやったら慰めることができるのか。この時ほど何も出来ない自分を悔やんだことはなかった。あの人が望むとおり私はそのまま歌い続けることしか出来なかった。気の済むまで何度も。私を制したその白く冷たい手をそっと握りしめたまま。

作品名:我的愛人 ~何日君再来~ 作家名:凛.