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佐崎 三郎
佐崎 三郎
novelistID. 27916
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『祖母の階段』

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『祖母の階段』

母の実家の大きな藁ぶき屋根の家に不思議な部屋があった。土間の玄関を入ってすぐ左に上がった床の繋がりで、廻り込むように急な階段があった。外から見ればそこに部屋らしいものがあるのが分かる。屋根の下90センチ辺りに高さの低い障子が嵌められ、小作りの手摺りが付いていた。それは御寺の欄干のようにも見えた。子供のわたしにはただなにか違和感のある場所であった。

その階段は立って上がるようなものではなく、段々に手を付いて、這うように上がると初めて知ったのは、従兄弟のテルさんと遊んでいた小学1年夏、彼の後を追いかけてその十数段を上がったときだった。そこは天井の低い畳の部屋だった。こんな狭い部屋があるのを見るのは初めてだった。そして障子を開けてみれば、幅の狭い欄干と高さへの恐怖が子供心をわくわくさせた。眺めも新鮮だった。それ以来、なんども上がっては興奮していた。

その部屋は祖母の部屋だった。祖母はすでに‘腰曲がり’で、いつも使い込んだ野良着に、白い手ぬぐいで姉さんかむりし、ゆっくりゆっくり歩いていた。わたしは、嫁に出した娘の子であるわたしを見る目にすこし怯えていたような気がする。可愛いとか愛おしいという気持ちだったとは思うが、わたしには、妙に馴れ馴れしい人だなと感じていた。母ですらそんな距離感を感じなかったので、母の母であるという感覚が、まだよく分かっておらず、その急激で無理やりな接近に対して冷静な判断が出来なかったのかも知れない。

夏休みに限らず、春も冬も休みとあればわたしは父にオートバイで連れて行ってもらい、長逗留した。いま思えば、どうしてそこまで好きだったのかと疑問に思うところがある。自分のことなのに、はっきりした答えがないということはよくあるものなのか。ただ、わたしはわたしの家をおそらく好きではなかった。言葉では言えないものが確かにあった。父が嫌いだった訳ではない。母が好きというわけではなかったが、それが理由という訳ではないと思う。おそらく、おそらくだ。わたしにとって、生まれた場所が狭かったのだ。その居づらい息苦しさは、二人の親や兄と妹、近所の友人たち先輩たち、隣のおじさんやおばさんなど、すべてがなにか物足りなかった。空も狭かった。土地も狭かった。人間たちがもっと小さかった。つまり、そこには夢がなかった。そう思うのだ。

ちょくちょく現れるわたしを従兄弟三兄弟が邪魔もの扱いすることもあった。でも、広い畑や田圃で農作業をしたり、田圃の中にある沼で釣りをしたり、オートバイに乗ったり、花札、麻雀、凧を作ったり、独楽を木で彫って作ったり、庭の籾殻の山を燃やして焼き芋を作ったり、豚の世話をしたり、山羊の乳を搾ったり、ありとあらゆることが夢のようだったため、わたしは夢心地で農業を中心とした生活を一人でも楽しんでいた。そうか、一人になれる場所でもあったのだ。

あの屋根裏部屋もそうだった。家に帰る日の見送りに出てきては、祖母はいつもよたよた歩いて近づいてきて、頭の手ぬぐいを取り、その布の一部を細く絞って、先を唾で濡らしてはわたしの目ヤニを取ろうとした。わたしは嫌がって後ずさりするのだが、誰かが後ろで抑えていて逃げられなかった。そんな祖母もいつの日か亡くなってしまった。その頃はもう遊びに行くことはなくなっていたのだ。高校一年の冬だった。祖母を想うとあのなぜか階段を思い出す。あの急な階段をいつまで上がったり下りたりしていたのかと。黒光りするほど使い込んだ薄暗い屋根裏部屋で、遊びに来なくなったわたしのことを思い出したりしていたのだろうか。あの秘密基地のような、穴倉のような、隠れ家のような空間で、狭い世界でなにを感じていたのか。

先日たまたまヒッチコックの映画をDVDで観たとき、なぜか、ある映像を観て急激に祖母を思い出した。そのモノクロ映画はサスペンスで、主人公が真っ白い牛乳の入ったグラスを持ちながら、ゆっくり階段を上がって行くのだ。殺意を持って上がるのだ。そのやけに白い牛乳が印象に残る。それはヒッチコックの特別な仕掛けをほどこされた牛乳なのだが、「階段」というものが、未知なるもの通ずる「道」として不可欠なものだということに気付いてハッとしたのだ。わたしがあの田舎家の階段を上がって行ったのは、日常の環境を破るという行為に甘く危険な香りを感じたからだ。お化け屋敷に入って行くようなものだったかも知れない。そしてそこには、それ以上の謎である祖母の「過去」があった。子供ながらに、そこにある衣紋掛けや掛けられた衣類、襖に書かれた旧い文字や、農協でもらった鏡や、いろんな種類の紐や、壁の匂いや畳の色や障子の焼けたシミの一つ一つに、一人の人間の持つ「業」を感じて、‘直感’でどきどきしていたのをいまでも覚えている。この臭いは人間の匂いだと。わたしの‘血の匂い’だと。異次元に忍び込み、見たことも感じたこともないものに触れて、わたしの脳味噌にインプットされてしまった。それは誰にも知られずにわたしの身体の一部になった。

いま、その「家」はない。とうの昔に鉄筋の家に建て替えられた。しかし、わたしの記憶の中にはあの大きな藁ぶき屋根の家が建ち、一番奥の北側にある薄暗い仏壇のある部屋の、鴨居の上の壁に掛けられた一枚の「額縁」がいまでも見える。その引き伸ばされた家族写真には、まだおさげ髪の亡き母がセーターを着て、少し恥ずかしそうに端っ子に立っている。中央には曾祖父母、その両脇に祖父母、端には若き日の伯父と十代の母がいる。その後ろにはわたしの知らない親戚一同が写っていた。遊びに行く度に、その唯一の母の若い頃の姿を見上げながら、不思議に思っていた。これがわたしの母なのか。この屋敷にいたのか。ここで育ち、ここで学び、ここから嫁にいき、わたしを生んだのか。その過去、その時間の流れ、その神秘さに、わたしは言葉を見事に失い、兄や従兄弟や父にも、ましてや母にもなにも訊ねられなかった。それは何故だったんだろう。怖かったのか。出生の秘密にわたしは触れてしまったのかも知れない。その写真を見つめ、知らず知らずのうちに「時間の階段」を上がっていったのだ。もしくは下りて行ったのか。それは過去へ通じる道だ。その行きつくところをわたしは知らずに歩いていたのかも知れない。きっといまでも見えない階段を上がり下がりしながら進んでいるのだ。やはり、あの屋根裏部屋を求めているのだろうか。


(了)
作品名:『祖母の階段』 作家名:佐崎 三郎