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西瓜男

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 風もなく蒸し暑い昼下がり、僕は縁側で麦茶など飲みながら昼寝をしていた。陽が少しずつ傾いてきたおかげで日陰ができ、居間にあるつけ放しのテレビから聞こえてくるワイドショウの音声を聞きながらうとうとしていたところを、突然大声でたたき起こされた。

 「今日も暑いですねえ! 西瓜割りをしましょう」

 その声に驚いて目を開けると、見知らぬ青年が爽やかな笑顔を浮かべて僕の顔をのぞき込んでいた。僕は身体を起こしてその闖入者を見た。半袖のシャツにスラックスと、夏らしいといえば夏らしい服装なのだが、その色が全て黒なのでどうにも暑そうな印象を受けた。赤いタオルで額の汗を拭いながら、にこやかに僕を見つめている。左手には網に入った、いかにも重そうな深緑色の西瓜らしき球体がぶら下がっている。

 つい呆気にとられてしまったが、はたと我にかえって僕は珍妙な青年に言った。
 「どうして西瓜割りなんかしなきゃならないんだ、というよりまず一体どこから入ってきたんだ。迷惑だから帰ってくれ」
 しかし青年は一向に動じる気配もなく、僕をまっすぐ見つめたまま西瓜割りについて語りはじめた。

 「いやあ、夏といえばやはり西瓜割りでしょう。行楽のお供に、お子様のおやつに、日頃のストレス解消に、老後の生き甲斐にと、海や山は勿論、ご家庭や職場でも西瓜一つあれば気軽に楽しめる、それが西瓜割りなのです!」
 「そんな訳あるか。それに何か違うの混じってるぞ」
 おかまいなしに青年は続ける。
 「西瓜割りはいいものですよ。何かいやなことがあってムシャクシャしたときなんかに、日頃の恨みや腹にたまりかねたものを原動力に、渾身の一撃を叩き込むのです! そしてスッキリした後は、割り砕いたものを皆で若しくはお一人寂しく貪り尽くすのですよ。日頃の鬱憤を晴らした後はお腹も程良く満たされる、西瓜割りとはつまりカタルシス、その素晴らしき自浄作用によって人の心に安らぎをもたらす、特別な儀式と言っても過言ではないのです。」

 喋るだけ喋って満足したのか、青年は大きく溜息を吐くと満面の笑みを浮かべて僕に言い放った。
 「そんなわけで、西瓜割りをしましょう!」
 もう何を言ってよいかわからない。ただでさえ蒸し暑くてたまらないのに、この珍妙すぎる青年のわけがわからぬ弁舌に圧倒されたせいか、頭がぼんやりして自分の考えがうまくまとまらない。もうこの際、適当にその西瓜割りとやらに付き合って、この青年にお帰り願おう、そう思った。
 「……ああもう、わかったよ。その西瓜割りとやらをやればいいんだろう」
 僕がそう言うと、青年は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに爽やかな笑顔に戻って喜んだ。
 「うわあ、ありがとうございます。では早速西瓜割りをしましょう」
 そんなわけで、僕と青年は西瓜割りをすることになった。

 「ところで」
 「どうしました?」
 「お前、棒っきれだかバットだかも持ってないじゃないか、それじゃ西瓜なんて割れないよ。今何か持ってくるからちょっと待ってろ」
 そう言って僕は何か叩けるような棒を探しに、居間へ行った。

 「……の犯行とみて、警察では男の行方を追うとともに、近隣の住民に注意を呼びかけています。繰り返します……」

 そういやテレビをつけっ放しにしていたのだったか、消そうと思いリモコンを手にしたが、どうやら臨時ニュースらしい、僕は思わず画面を見た。男性ニュースキャスターが真剣な面持ちでニュースを読み上げている。

 「先程入りました情報によりますと、今日午後一時三十分頃、東京都S区の民家に男が侵入し、その家に住んでいた四十五歳の男性の頭部を殴って殺害し、そのまま逃走しました。殺害されたのは……」
 S区といえばこの辺じゃないか。何か嫌な予感がする、僕はテレビ画面を食い入るように凝視した。

 「目撃者の情報によりますと、逃げた男は身長百八十センチメートルほどで、黒いシャツに黒いズボン、手には赤いタオルと網に入った西瓜のような丸いものを持っていたと……」

 背後で、床の軋む音がした。いやな汗が首筋をつたい、背中へと流れてゆく。

 「被害者の頭部は、大きな球のようなもので殴られた形跡があり」

 「西瓜割りというのはですねえ」
 足音が近づいて、僕のすぐ後ろでぴたりと止んだ。

 「おそらく男が持っているとされる西瓜のようなものが凶器であると判断し、この事件を逃走した男の犯行とみて」
 恐る恐る振り向くと、にこやかな表情は少しも変えぬままの青年が、いかにも重そうな西瓜によく似た『何か』を網ごと持ち上げ、
 「西瓜で割るから、『西瓜割り』って言うんですよ!」

 「警察では男の行方を追うとともに、近隣の住民に注意を呼びかけています。以上、臨時ニュースをお伝えしました」



 「やっぱり、西瓜割りは楽しいなあ」
作品名:西瓜男 作家名:倉田遥