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いずみ なつき
いずみ なつき
novelistID. 38365
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彼の香り

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First love〜君の匂い〜




最後のキスは、私の好きだった彼の匂いと、知らないヒトの味がした。
それは、彼が私以外の誰かと恋をしている証だった。


昨日までの、ううんさっきまでの彼なら「気のせいだよ」とか
「そんなの証拠にならないよ」って笑うかなって想像もできたけど
いまは全く知らない男のようだった。

いま私と彼は別の道を歩むことに決まった。
つまり私たちは離婚し、別れることになる。



お互い好きで結婚した。
今も特別彼も私相手が嫌いじゃない。

ただ一つ昔と違うことといえば、彼には私以上に大切な女性がいるということ。

美しい別れ、なんていうものがあるのだとすればそれは、
小説や映画の物語の世界だけのこと。

私たちもこうしてまっすぐにお互い見つめあえるようになるまで、少し時間がかかったから。



私はもう一度、両手を広げた。
もう二度とできないであろうこの人とのハグがしたかった。



彼はちょっと困った顔をした後に、そっと包み込むように抱きしめてくれた。
今まで愛したものへの・・・そう、戦友とするようなハグだった。


ハグしながら彼のことを考えた。


彼の一番好きなところはどこだったろうか。


優しいところ?

ただ、時に残酷な優しさでもあったので一番ではないかもしれない。


少し思い出したら、心臓がすっぱくなった。




あぁ、そうだ。

私は彼のにおいが好きだ。


ハグしてる腕のところに鼻を押しあてて深呼吸してみた。



そうそう、このにおい。



そして、たぶんこれは一生忘れないだろうと思った。




私は彼のにおいに恋をしたといっても過言ではない。

―――というのは大げさだけど。



香水でも何でもない、彼独特のにおいはとっても落ち着くし、そしてどんなにおいより甘美だった。


そう、ときに私をひどく落ち着かなくさせるこの匂い。


それが恋だと気付いたのはいつからだった?




もう思い出せないくらい一緒にいたんだね。




いつのころからか、そのにおいが全く気にならなくなって。

自分も同じ匂いになってることに気がついた。



それは同じものを食べてるからでも、同じ石鹸や洗剤を使ってるからでも一緒に寝てるからでもなかった。


彼が好きで、私はいつも彼になりたかった。

彼と一心同体になれたらって思ってた。





そしたら、彼のこと何でもわかるし何でも理解できるし。


そしたらそしたらこんなことには…ならなかったのかな…なんて。




とにかく、彼のにおいだけはどんなことを忘れても、体中に染みついて離れないから覚えていると思う。



「それじゃ。」

そっと腕が離れる。

じわっと体が寒くなった。

まるで生まれたばかりの赤ん坊みたいだ。




私にとって

明日二人、まったく別のものを食べて、別のことを考えて、別の石けんで体を洗い、別々のベッドで寝ること。

それはとっても不思議かつ不自然で想像もできないことだった。



でもいま、この瞬間にそれが現実になることが決まった。
そう、二人の手が離れた瞬間に確実となったから。


悲しくないわけじゃない。

私にとって彼は、とっても愛したひと。

私にとって「あなた」ははじめての恋といえるほど深く愛したんだよ。



今泣いているのは、彼と別れるからじゃない。

いままでのことを懐かしく思うからじゃない。




彼と別の匂いがする体になっていくのが



怖い。

寂しい。

そして悲しい。





彼といた時間が少し他の人より長かっただけ?




いまは新しい明日の世界を想像していれば

怖くなんてない。

怖くない・・・はずなのに。




居心地のいい、昨日は捨てるの。




わかってるんだ。


最後、引き際は自分で決めた。でも・・・!!






私は振り向かなかった。

彼も振り向かなかったと思う。




いつかは笑って話せるかな?この日のことを。

いつかはやっぱり忘れちゃうのかな?この人を。




私は涙でぐしょぐしょの顔で

ゆっくりとドアのカギを、しっかりとかけた。



そう、もう二度とあふれてこないように。















作品名:彼の香り 作家名:いずみ なつき