小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
いずみ なつき
いずみ なつき
novelistID. 38365
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

冷蔵庫の中はそら

INDEX|1ページ/1ページ|

 
木々の隙間を縫うように、踊る風。

そういえばもう雪が解けたんだ、とフキノトウを見つけて初めて気づく春。お向かいのコンビニはい
つも屋根の看板の電球がどこかしら切れていて。バチバチと音がしそうなその看板をくぐると、中は
意外と明るいのだけど、店員が暗い。

私は素早くチョコチップクッキーをかごに入れて、烏龍茶と一緒にレジへ持っていく。

それが日常、いつものことなのだ。こんな時間にコンビニに寄って帰って、この人は何してたんだろ
う?とか、この店員にもしかして気づかれているのじゃないかって想像をしてしまう。私は急に恥ずかしくなって、袋を奪い取る様にコンビニを出た。




コンビニを出て向かいのアパートに足早に入ると、パソコンを付けた。彼からのメールはいつもパソ
コン。携帯だと鳴ったら奥さんにばれてしまうから。

メーラーを開くと、さっそく彼からメールが来ていた。無事着いたのか、とか、早く寝なよ、とか、
愛してる、とか。

私が小学校の先生になろうと思ったのは、国語が好きだったから。小学6年の時の担任の先生が国語
の楽しさを教えてくれた。文章をきちんと読み取る力が付いたのは先生のおかげだから、そんな先生
に私もなりたいと思う。

でも、先生は不倫なんかしなかったろうし、ましてや教え子のお父さんとかありえない。なんだか
安っぽいAVのストーリーみたい、と自分でもおかしくなる。

冷蔵庫になにか食べ物がないか探す。そうだ、今日は土曜日で買い物に行く日だった。

なので、中身は空。私はさっき買ったチョコチップクッキーを頬張ると、パソコンに向かった。冷蔵
庫の中は空、とかいてはっとした。冷蔵庫の中は・・・そら?そらとも読める。なんだかうれしく
なって、それを付箋で冷蔵庫に貼り付けた。



冷蔵庫の中身はそら、か。



この冷蔵庫の中のそらは誰につながっているのか、今はわからなくなってしまった。

雲一つ、鳥一匹も飛んでいない青いだけの空。烏龍茶を冷蔵庫にしまうと、かわりに一本しかない
ビールを開けた。ビールはやっぱりアサヒだよ、うん。とか言いながら、窓を開ける。まだやっぱり
夜は寒い。それでも、月が悲しそうに泣いてるので今日は窓を開けて寝ることにした。




「何やってるんですか。死にますよ?」

小山田先生は開口一番にそう言った。

熱を測ると38度を超えていて。隣に住んでいる、3年生の担任の小山田先生が救援物資を届けに来て
くれた。小山田先生はあまりイケメンではないが、やさしくて子供にも職場でも人気者だ。どこが一
番人気かというと、その恰幅のいい見かけだけではなく親しみやすいその性格。そんな小山田先生の
人の好さに付け込んで、私はいきなり連絡網から引っ張り出した彼の携帯を朝っぱらから鳴らしたの
だ。

話そうとすると咳が出る。私は自分の長い髪の毛を恨んだ。きっと、お風呂の後に髪を乾かさずに窓
辺で月を眺めたのがいけない。

髪の毛を乾かすのは、どうも小さいころから苦手で、髪型はいつもショートボブだった。

そう、彼と付き合うまでは。

「でも意外でした。」なにが?という顔をするとにっこり笑って小山田先生がこういった「彼氏がいるんだと思っていました。」と。よくよく聞くと、帰りが毎日遅いので彼氏がいるのだと思っていた
らしい。

実際はいるのだけど、そんなことも言えず私は布団を深くかぶった。彼氏、って言えるのかな。ふ
と、思い浮かんだ彼の顔。
だって、こんな時真っ先に思い浮かぶのは彼の顔じゃない。


「先生?」

私はがばっとおきあがり、携帯を持つと、たぶんすごい顔で彼へと電話する。

一度も使ったことのない、知ってるだけの番号。そして、「別れよう」と勢いよく言ったのだった。



「見事にビールばっかり。」元気になってからも小山田先生は私の家を訪れる。最初は傷心の私を慰

めるためなのかと思ったけど、違うみたいだった。

彼は私を好きらしい。



何度か一緒にドライブへ出かけたし、寝たりもした。

私がキスをしたいと思うとき。

彼のまつ毛が・・・揺れた後。



さよならっていうと

必ず、揺れる。

申し訳なさそうに

私の背中に矢を放つ。

私は思わず振り返りそうになる。

今振り返ったら

視線がぶつかって

また揺れるまつ毛

キスをする私。

こんなに簡単にあなたを想像できるのに、私が振り返ることができないのはまだ彼を忘れられないか
ら?

ちがう、私は怖いんだ。誰かを愛するのが怖い。深く深く愛しすぎて、もう戻れなくなるのが怖い。

「せんせ・・・いはもうやめようか。ねぇ?」呼ばれてハッとする。

振り返らずに返事をすると、小山田先生は私を後ろから抱きすくめた。

「ウサギみたいだね。」

くすくすっと笑う彼。私がうさぎ?

「うん、ウサギ。怖がりで寂しがり屋で、かわいい。」

すごくきざっぽいセリフなのに、小山田先生はあっさり言っちゃうから、私はおかしくて思わず振り
返って彼にキスをした。

抱きしめられたその腕があまりにも柔らかくて、そうまるで鳥の羽のようだったから私、思わず離れ
たくなくなる。

「冷蔵庫の中はそら?なんじゃそりゃ」

私の頭の上から冷蔵庫に貼った付箋を読んで爆笑する、「彼」

冷蔵庫の中に広がるそらはきっと、この人とつながっていたんだ。

そう思うと、またうれしくなって私は思わず泣いてしまったのだった。