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津路@ついった
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novelistID. 1611
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じんべえの恋

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仁兵衛は美しいカラスでした。その美しさを形容するなら、まるで夜のような色の体と、獣に負けず劣らずの眼差し、と言ったところでしょうか。

カラスは腐ったものや、そこら中のごみを食い荒らすことで有名でしたが、仁兵衛は違いました。仁兵衛はごみ袋に穴をあけたり、人が捨てたものを食べない。彼は知っているのです。清潔な体でさえいれば、人々は面白がって自分に食物を与えてくれることを。
おかげで仁兵衛はかれこれ10年以上は生きており、ここいら一帯のボスとして君臨しているのです。頭もよく、長生きで、しかも若々しい仁兵衛はメスのカラスからとても好かれました。
しかし、仁兵衛はそんなそぶりも見せず、愛の告白をするメスからヒラリ、と逃げてしまいます。しかし、それにも何かと理由がありました。仁兵衛は、動物として生まれたからには必ず持っている、自然界の方式である「繁殖行為」というものからかけ離れた存在なのです。
おかげで、彼は何時も他のカラスが発情期であったとしても、ただそれを傍観するだけで心のどこかがむずがゆい思いでその季節を過ごしています。

ある日、仁兵衛に転機が訪れました。生まれて初めて、彼は自分以外に愛する者が出来たのです。それはとても美しく、とても儚いもので、仁兵衛の真っ黒な嘴でツウ、となぞってしまえばすぐに無くなってしまうくらいの、とてもちっぽけで汚らしいものでした。
仁兵衛は何時も朝、昼、晩とそれに会いに行きました。それは何時も仁兵衛をぼんやりと見つめ、口をあけたまま彼の嘴の感触に悦んでいるようです。仁兵衛は足とくちばしでそれを弄びながら、それと愛し合いました。
しかし、それはしゃべることができません。仁兵衛が必死にそれに話しかけたとしても、やはりいつも通り口をぽかんとあけ、徐々に溶け落ちる瞳で仁兵衛を見つめているだけです。
「きみはどうして喋ってはくれないんだい?」
ばくばくと耳を甘く噛み、腹をふにふに突けばそれはうう、といううめき声をあげながらその感触に身をよじらせます。反応をしてくれるのが仁兵衛にとってとてもうれしいことなので、仁兵衛の愛情はますますそれに向いていくのです。

仁兵衛の初恋のうわさは他のカラスたちに広がりました。雌のカラスは、仁兵衛がどんな美しいものに興味を持ったのだろう、と好奇心と憎らしさで気が狂うほど混乱しているようでした。
オスのカラスも、いつも威張り散らして澄まし顔の仁兵衛からそれを奪ってやろうと、情報探しに躍起になっていました。

カラスのネットワークはとても精密で、広大です。いくら頭がいい仁兵衛でも、大多数のカラスの脳には到底勝てうることができませんでした。仁兵衛がいつものようにそれに贈り物をしようと、赤い木の実を口にくわえて、いつものようにそれに会いに行った時の事です。

それの周辺には、黒い何かが群がっていました。それは仁兵衛にそっくりで、とても醜く、騒がしいものです。仁兵衛は大きな体を宙に浮かせ、バサバサと羽を羽ばたかせて群がる仲間たちを蹴散らそうとしました。
ちらり、と彼が愛したそれが見えました。それは変わり果てた姿でずたずたになり、仁兵衛が甘く噛んだ耳も、優しくなでた腹も、いろんなものが噴出して、真っ赤になっているのです。
しぶしぶそれから飛び去っていく仲間たちをしり目に、仁兵衛はそれのために嘆きました。それは、もう仁兵衛が愛したものではありませんでした。仁兵衛は空に向かって一鳴きすると、勢いよく嘴をそれに突き刺してむしゃむしゃと食べ始めたのです。
それの落ちくぼんでしまった瞳は、じっと仁兵衛を見つめているようにも見えます。仁兵衛は涙も出ない目をしばしばと瞬きながら、真っ赤な嘴で、愛していたそれに口づけました。それは、蛆まみれの体で、にゃーと鳴いた気がしました。


仁兵衛は今日も街にいます。しかし、彼は以前のように美しく、気高く、頭のいいカラスではなくなりました。ただの汚らしく、ずる賢い、カラスになったのです。しかし、仁兵衛は悔しくはありません。以前のように仲間たちは彼を遠巻きにせず、仲間に入れてくれるようになりました。
それと同時に知らない間に、仁兵衛は交尾もできるようになり、今は妻と一緒に雛を育てています。しかし、彼はたまに、彼が愛したそれを思い出します。そして、思い出すたびに仁兵衛は空にむかってカアカアと鳴きます。その声はとても悲しげで、頼りなさ気でした。

カラスは、とても頭のいい動物で、光るものが大好きです。仁兵衛は、河原で見つけた、蛆がたかる猫に恋をしました。猫の瞳は生命を宿した光を失ったものの、とても美しい色をしていました。仁兵衛は、生まれて初めて、猫の柔らかい肉に嘴を宛がったのです。
作品名:じんべえの恋 作家名:津路@ついった