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猫になって歩けば棒に当たる?

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「ごめんなさい。私今は『あの猫』のことが頭からどうしても離れないの……」
 そんな一言で僕の恋は終わった。



 始まりは高校2年の春。
 自慢じゃないけれど成績は赤点とはいかないまでもいつもテストが返ってくると親の顔が赤色に染まる。部活は運動部でそれなりに動けるって自信はあるけれどなにかで一番を獲ったことはない。世の中に蟻の数ほどいるであろう平凡な高校生の一人だと思う。 
 そして周りのクラスメイトがはしゃいでいるようには女の子と話なんてできないけれどそれでも気になる子は僕にだっている。
 
 虎子望(こねもち) ありささん。
 彼女は窓際の前から2番目の席で外を眺めているか、本を読んでいる所をよく見かける。
 髪は長くて僕の好みド真ん中だ。風に吹かれるとふわり舞うところが美しい。顔も美術館に飾られている高そうな陶器のように精彩で、背筋が曲がっているところなど見たことがなく凛々しい姿だ。
 容姿端麗、勉強もテストでは学年でいつも一桁台という成績。運動は少し苦手みたいだけどそれはむしろ周りの男子達の守ってあげたい欲求が駆り立てられて人気が上がる要因になっている。彼女は月に一通位の頻度でラブレターをもらったり、告白されたりしている。男でなくとも憧れる存在だと思う。
 でもその愛の告白は全て「ある理由」で断らているらしい。その理由を聞いてもみんな首を横に振るばかりで実際に告白した者にしか知りえない秘密になっている。
 そんな彼女に僕がアタックしても粉々になる未来像しか想像できず、同じ列の一番後ろの席で彼女のことを眺めていることしかできなかった。

 いつもと変わらず淡々と毎日を過ごしている僕に今日は少しだけ変化があった。部活の帰り道、同じクラスではないけれど部活内では親しくしている友人、仲峰宏が情報を持ってきたというのだ。
「な、錫木好きな子いたじゃん? 同じクラスのさ、あの子だよ。虎子望(こねもち)さんだっけ?」
「うーん、まあ好きっていうか少し気になるくらいだよ。別に好きなわけじゃないって」
 夕焼けの朱ではない赤が僕の頬に熱となって広がっていくのを意識しても止められなかった。それでも友人の手前強がって見たがニヤニヤと顔を緩める彼を見ればバレバレであることは明白だ。
「ふーん、どうせ好きなんだろ。その子の情報を持ってきてやったんだよ。聞くだろ? 噂のアイドルの秘密だぞ」
「どうせデマだろう。今までだって口を割った奴いなかったんだから」
「いやいやこれは本当に信頼できる仲峰ルートから仕入れた情報だから信頼できるって。それがさー、彼女……」
 ここで焦らすのかこいつ。
 常日頃からYKK製の優れたチャックを口につけてやりたいと思ってる位こいつはよくしゃべる。話好きな奴は流石に話術も巧みだ。
「猫が好きらしいんだよ」
「は? 猫? がどうしたって?」
 いや、やっぱり話したくて仕方なかったらしい。こっちが考えてる途中に話かけてきたからよく聞き取れなかったじゃないか。
「だから、猫に夢中だから人間様の男にゃ興味がないんだってよ。うけるよなー。お前どうすんの?」
「いやいやそんなバカみたいな理由なわけないだろ」
「でもさ必死こいて猫のことめっちゃ調べて話し合わせようとしたやつもいたらしいけど 、相手にもされなかったらしいよ。そんな浅薄な知識で私と猫の話をしようなど考えないでくださいってさ。流石は深窓のご令嬢。ガードが固い。とういより、おまえ話聞いてんのかよ! なあ、これじゃ俺一人でしゃべっててバカみたいじゃんかよ」
「うるせ、一人でしゃべってるのはいつものことだろうが」
「んな、バカとか言うなよ。お前も赤点ギリの落ちこぼれだろーが」
「今はそういう頭の悪さの話じゃねえ。日ごろのくだらない話しかできない仲峰君の頭の悪さの話をしてるの」
「おいおいおい。俺の話はつまらないところなんて一文字もないぞ。だからお前人の話聞いてる?」
「あー、あ。聞いてるよ。お前の話はいつもオチがつまらないって話だろ」
 最後の方の無駄な会話は三割程しか頭に入っていないがもちろん意識して入らないようにシャットアウトしている。隣で早口になにかをまくしたてている友人を適当にあしらいつつ、早くこの隣のおしゃべりな奴から離れたいと大股で忙しく歩いていく。

 昨日はうるさい友人が一緒だったが今日は一人で家路についていた。やはりまわりに誰もいない方が安心する。
 夕暮れ時で茜色に染まり始めた空を見上げながらぼーっと歩いていた。
 別に空が綺麗だとか思っているわけではなく、なんとなく上を向いて歩いていたかっただけだ。
 こんな都会の空がきれいだと思うわけがない。
 空気は淀み、人間は溢れかえって頭痛がしてきそうなほど醜悪だ。
 夜になれば煌々と灯りをともし、車は我が物顔で道路に爆音を響かせる。
 ほら今だって遠くのほうなのに聞こえてくる。大型のトラックだろうか、鼓膜を震わせるどころでなく大地を震わせながら近づいてきている。
 僕は先の歩行者用の信号が赤なので少し歩くスピードを落とし、歩みを止めた。
 が、僕の視界の下をゆく小さな影は立ち止ることなく車道を横断していった。最初はなんだか分からなかったが歩くたびに細かく揺れる細い尻尾で猫だということに気がついた。
 猫は信号なんて理解出来やしない、けどすぐそこまで来ているトラックに気がつかないのだろうか。三車線あるうちの三分の一位渡ってしまっている。
 僕らがいる方ではない歩行者信号の青が点滅した。
 よし。これなら赤になる。早く黄色に変われ! 僕の願いは叶い信号は黄色に変わったのだが、予想に反してトラックの唸り声は心なしか激しくなったように感じた。僕は恐ろしい未来を思い浮かべて心臓が激しく締め付けられるような苦しさに襲われた。
 良いのだろうかこのままで。目の前で命が易々と失われていく様を眺めているだけで。また自分から動かずに流れに身を任せているだけで本当にこの後後悔しないだろうか。いや、しないはずはない。。何のために日ごろから鍛錬して心体を鍛えているのか、こういう時こそ身体を張って助けに走らずには男として胸を張ることはできないだろう。
 すでに大型トラックはすぐそこに来ているが僕は歯を食いしばり飛び出した。鼓膜を貫くかの如く高いクラクションの音と車体が横滑りする音を耳にし、全身の肌が死を予感して泡立った。
 それでも僕は走る。あの小さな命の灯火を守りたいという衝動を力にして。
 何とか温もりをつかみ上げた頃には圧倒的な重量と破壊の力を持ったトラックが僕の真横に迫りきて僕らを押しつぶそうとうなりをあげる。自分の境遇が未だにつかめていないのか腕の中の猫はぽかんとした顔をしているように見えた。その愛くるしい表情に危機的状況であるのに自然と表情筋が緩んでいく。猫の顔を眺めつつも、すでに避けられる距離ではない位置までトラックは滑ってきていた。僕の肩に死神の手がかかったような気がした。
「無様な最後よのう」
 そんなあざ笑うような声が聞こえてきそうだ。