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葉咲 透織
葉咲 透織
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ジェラシー・イエロー ~翡翠堂幻想譚~

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第四章 深まる闇色




翠に聞き込みができるわけはないと思っていたから婚約者の方を担当することになったのだが、自分でも無理があるということに気がついた。学生服は新宿のオフィス街では果てしなく浮いている。格好だけならばスーツを着た翠の方が合うかもしれない、と瞬間考えたものの、あれはどう見ても堅気の職業の人間ではない。浮世離れしすぎている、と翔威は溜息をついた。
美咲は一人暮らしだからおそらく地方出身。翔威の制服は変哲もない学ランだが、襟元についた校章は見る人が見れば都内の某公立高校のものだとばれてしまうので、それだけ外した。
夕暮れに染まるビル街はまだ子どもである翔威を威圧する。一人きりでここにいるのは心細い。だが翠に「お前じゃ無理だったら明日俺が行くさ」と言われてしまったので、役立たずの烙印を押されるのを逃れるために翔威は頑張ろう、と拳を握った。
すでに定時は過ぎているからだろうか、美咲の婚約者の勤めている会社から出てくる人はあまり多くない。たまに出てくるスーツ姿の社員に声をかけてみようか、と思うが気後れしてまごつき、結局不思議そうな目で見られるに留まっていた。
俺ってばへたれすぎる……と軽く自己嫌悪に陥って「うわああ」とかなんとか、意味を成さないうめき声をあげて段差にすわりこみ、頭をわしわしと掻く。
「どうしよっかなあ……収穫なしでした! なんて言ったらあの人絶対怒るよなあ……」
ガンガン注意するよりも「ふん……」という感じで鼻で笑うんだろう。あの綺麗な顔をツンと背けて。
嫌だ、と思った。今日これで何も情報を得られなかったら、幻滅される。
出会いは偶然だったし、手伝いをしているのも偶然だ。
だが偶然を意味のあるものにするのは、自分自身の努力と。
「あとは運、か」
男は度胸、と翔威は自分の頬をぱしっと叩き、立ち上がった。


「あの……そこの会社の人、ですか?」
声をかけたのは二十代後半の女性二人組だった。この年代の女性はだいたいゴシップが好きなのと、有望物件の男性社員のことをよくリサーチしている。そう思った。近くに行って見たらナチュラルメイクに見せかけてつけまつげで気合いを入れている。肉食系、なんて言葉が脳裏をよぎった。
二人は翔威を目に留めると、「あらこんなところに?」という怪訝な表情を見せた。
オフィス街に不釣合いな姿であることはわかっている。だからそれを逆手に取って、翔威は自分の演技力の限界に挑む。
「そうだけど、何か?」
「高橋雄二郎さん、ご存知ですか?」
美咲(というかむしろ蘭子)から教えてもらった婚約者の名前を翔威は出した。賭けだ。この二人が知らなければ、またこの場で待機しなければなない。祈るような気持ちで二人の返答を待つ。
彼女たちは顔を見合わせて、「知ってるけど……高橋さんが何か?」
ビンゴ! 叫びたい気持ちを抑えて翔威は精一杯のしおらしい表情を作る。
「……姉ちゃんの、婚約者なんです。だけど最近彼が忙しくて会えないって姉ちゃん落ち込んでて。電話もらって、姉ちゃんのことが心配で、東京まで出てきたんです。だけど俺、何にもできなくて……こうやって会社まで来てみたけど、どうしたらいいのか……」
「え、でも高橋さんって……」
背の低い方が何か言おうとしたのを、背の高い方が制止する。おそらくこちらが先輩なのだろう。同じような系統の服装と化粧であっても、知性を感じられる顔と何も考えていない顔があるのだと知る。引っかからないようにしよう、と翔威は改めて思った。
「お願いです。高橋さんについて、何かご存知ありませんか? 俺、姉ちゃんが心配で心配で……」
じっと翔威は背の高い方の女性を見つめた。彼女の方も翔威から目を逸らさない。
わざとらしすぎただろうか。真剣な表情のまま、翔威は内心焦っていた。
コンセプトとしてはシスコンな弟が姉のピンチに内緒で上京してかなり焦っているがために、ここまで来ちゃったんだ、というものだったのだが、効果はないのだろうか。
目を逸らしたら負けだ、という熊に会ったときのアドバイスと同じことを考えながら真摯な表情を作っていると、背の高い女性が、
「ここじゃなんだから、お茶でもしながら話しましょう」
と誘ってくれたので、翔威は安堵して、笑顔を浮かべた。








彼女たちが連れていってくれたのは、新宿の路地にある喫茶店だった。隠れ家風、と銘打ってお洒落な雑誌に掲載されていそうだが、翔威はやや居心地が悪い。女の子は好きそうだが、わいわい騒ぐようなノリでいてはいけない場所なのだと漠然と思う。
「私は橘美紀子、そしてこっちは吉田真衣」
「美紀子さんと、真衣さんですね」
下の名前で呼ぶのも作戦のうちだ。日々年上の女性に可愛がられている翔威だからこそできるわざでもある。案の定、可愛げのある年下の男からファーストネームで呼ばれるのは悪い気がしないらしく、二人は微笑んだ。
「とりあえず、何でも好きなの頼んでいいわよ」
「そうそう。お姉さんたちが奢ってあげるからねー」
やった、とメニューを開く。
ふと目についたのはダージリンで、翔威は翠のことを思い出す。
今頃彼は何をしているのだろう。こっちはこっちで動いておくから、とは言っていたが。
もしかしたら紅茶でも飲んでさぼっていたりして、と思いながら翔威はダージリンティーを頼んだ。ここのは美味しいわよ、と美紀子が言うのに曖昧に合わせて笑った。たぶん、翠が淹れてくれたものには敵わないだろう。
やはりすぐに紅茶はカップに入った状態でやってきた。確かにカップは可愛らしくも高級感溢れるデザインで女子受けはよさそうだが、その見かけに騙されているだけで、一口飲んだ瞬間に、いつも家で飲むのと変わらないと感じた。雰囲気込みで味わう必要があるのだろう。
「あの、高橋さんってどんな方なんですか?」
単刀直入に切り出した。
「ええとね、営業二課っていうところにいるんだけど、すっごく仕事が出来るって噂よ〜」
綺麗に塗られたネイルをちらちらと翔威にアピールしながら真衣はぱちぱちと瞬きをする。
これは誘われているんだろうな、と思いながらもまったく食指が動かない翔威はそれをスルーした。二十代後半くらいの年上に興味はない。
「なんというかね、何にでも積極的な人なのよ。仕事にも貪欲に取り組むし、飲み会とかもよく来るし……私たちは秘書課の所属なんだけどね、たまに甘いものを差し入れてくれたりなんかして、なんていうのかな。『俺について来い!』っていうタイプなんだけど、気を遣うことも忘れないタイプというか」
美咲の話していた印象ともだぶる。
「……姉ちゃんなんでそんなすごい人と付き合えたんだろう……」
「憧れてる女は社内に大勢いるわ。仕事にも女にも貪欲なのよ、あの人は」
何となく美紀子の言葉尻には特別な「何か」を匂わせる強さがあった。きっと過去、高橋とは何かがあったのだろう。だが翔威は何も言わない。やぶへびになるのが怖かった。
「……だけどね、そんな男相手でも、婚約者のいる相手にアプローチする馬鹿な女はいないわ。明らかにばれたら慰謝料請求されて会社もクビになる。その後の人生の保証も何にもないのに、手を出すはずがない。でも社内の女はね、彼を熱烈に手に入れたいと思ってるわ」
「それは……」