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短編01「乙女の苦悩~江夏豊妃紗(えなつとよひさ)の21球~

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 短編01「乙女の苦悩〜江夏豊妃紗(えなつとよひさ)の21球〜」

「突然だが、おまえの彼氏を預かった」
 そんな電話が非通知でかかってきたのは、早朝5時21分のことだった。
 私は、ホテルの自室で寝ぼけ眼な目をこすりながら、上半身裸でその言葉を聞いていた。
 意味がわからなかった。それは当たり前で、だいたい突然非通知で携帯が鳴ったかと思って、しかもそれが農水産業が働き始めるような時間に、フロントに頼んだモーニングコールの2時間9分前に起こされたら誰だってそうなる。無論、中には朝に強い人間がいて、そんな時間に起こされてもなんくるない人がいるかもしれないが、私はそうではないことは、自明だ。とりあえず、私が挨拶代わりに言ったは、
「いや、彼氏いませんけど……」
「と、言ってるがどうなんだ?」
「豊〜!! それは酷いよ。一緒にお風呂に入った中じゃないか。ついこないだも一緒に寝たじゃないか! しかもシングルベッドで」
 誘拐犯さんの電話から情けない男の声が聞こえた。どうやら、誘拐したのは嘘ではないらしい。彼氏ではないけど。
 おそらく、いや十中八九九分九厘間違いなくほぼ確実に男は、私がよく知る人物だ。彼の名は水沼仁郎(みずぬまじろう)。私の幼なじみだ。ここまで語ればわかると思うが彼氏ではない。幼なじみだ。家は隣同士だが別に二階の窓から侵入したことはない。だって、我が家は一階建ての木造平屋の4LDKだからだ。
 まずは、誘拐犯さんとの誤解を解かねばならない。ちなみに豊というのは私のことで、本名『江夏豊妃紗』の豊を取ってそう読んでいるらしい。ひとまず私は携帯をハンズフリーにしてからベッドから降り、便所スリッパのようなルームスリッパを履き、洗面台へ向かう。自分で言うのもなんだが、それなりに整った顔を洗い若干寝癖がついた茶髪ショートの髪を直す。
「お風呂に入ったのは7歳までだし、一緒に寝たのも中1まででしょ? それだけで恋人なら今頃日本中カップルだらけよ」
 いくらなんでもさすがに18歳まで恋愛経験が無いとか、恋人なんて一人もいませんでしたという人間的に壊滅した人はいないはずだ。
「と、言っているがどうなんだ?」
「豊〜!! そんなこと言わずに助けてよ〜! 僕今どこにいるのかわかんないし」
 仁郎の情けない声が洗面台から少し離した所においた携帯から聞こえてくる。どうにも、この男は情けない。しかし、早朝からそんな電話をしてくるとはどういった了見なんだ。顔を拭き、寝癖を髪櫛で解いていると誘拐犯さんのテンションが変わったのか、それとも本当はシリアスであるはずのシーンで、こんなあっけないやりとりで困ったのだろうか、ちょっと調子が悪いようだ、声のトーンが下がっている。呆れているようだ。
「まあいい。こいつは我ら鉄牛会の事務所に単身乗り込んできたあげく、会長が大切にしていた時価5000万相当の壺を壊したのだよ。いつもなら、あの情に厚い会長だったが、タイミングが悪かったな。これは、この後控えていた阪大組との取引に必要なものだったのだよ」
「違うんだ! 明日の試合の応援に駆けつけようと思ってたんだけど、終電も行ってしまって仕方なく歩いて行けば、試合開始までには、会場に着くかなー? って思ってたんだ。そしたら、道に迷っちゃって、ほら僕の携帯は未だにガラケーでしょ? しかも5年前から機種変してないから地図機能もそんなによろしくなくてさ。あ、それはいいとして、それで道を聞こうかなーと……わっ」
「うっせー黙ってろ!」
 誘拐犯さんの声と同時に蹴ったのか殴ったのか叩いたのか知らないが、そんな鈍い音が聞こえた。さすがの私でもこれには焦った。慌てて携帯を握り、叫んだ。
「ちょっと、仁郎! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと痛かっただけ」
 そうかそういえばこいつはなんだかんだで打たれ強いんだった。心配して損した。携帯を今度はテーブルの上に置き、クローゼットから着替えを取り出した。おっと、その前にブラをつけねば……。
「まあ、そういうことだ」
「それで? 私にどうしろと? まさか18歳の女子高生に身代金払えとかそんな今の時代ミナミの帝王が言うようなこと言わないでしょうね?」
「当然だ。そんなことは言わないさ」
 表情は電話越しだから見えるわけないがこの誘拐犯さん、どや顔だろう。そんな気がする。では一体どうしろというのか? というか、そもそもいくら仁郎が侵入したからって、誘拐まですることだろうか? 私は別に普通の女子高生だし、仁郎もどこにでもいる普通の……。
「あ……」
 しまった。私は普通だが仁郎は普通じゃなかった。正確には仁郎の父親が普通じゃなかった。思わず漏れてしまった私の声に気づいたらしく誘拐犯さんは、少し笑いながら言った。着替えの手を思わず離す。
「そうだ。こいつの父親は国会議員の水沼誠二だったな。どうする? 政治家の息子がやくざの家に侵入してさらに組間の取引に介入してきたと知ったら? これは大きな問題になるんじゃないのか? マスコミがそれをかぎつけ、実はやくざとつながっていたとなれば、今度は国家犯罪者だ」
 頭をかく。こいつは面倒なことになってしまった。そう、誘拐犯さんが言ったとおり仁郎の父親は現役の衆議院議員である。確かこれが4期目だったはず。地元の有権者とも馴染みが深く、それなりにメディアにも顔を出す有名人だ。しかも、珍しく悪い噂を聞かない議員ときたもんだ。それが根も葉もない噂で晒されたら、それこそ水沼家が路頭に迷ってしまう。いくらなんでも幼なじみとその家族がそんなことになるのは、気分がいいものではない。さすがの私も真剣にならざるを得ない。携帯を手に取り、ハンズフリーを解除して耳に当てる。
「それで私にどうしろって言うのよ? どうせなら、父親に……あーそうかそれが問題なのかそうだった」
 自分で言って自分で言い返した。と、なるとこの人は何気に優しいのだろうか? 否、誘拐犯に優しいもくそもないか……。
「そうだ。だからこの問題をおまえの行動次第で終わりにしてやろうということだ。いいかよく聞け条件を言う……」


 現在時刻午後15時25分。雨が降っており予定よりかなり遅めになった。
 私はロッカールームで一人頭を抱えていた。そう今日は甲子園大会決勝戦なのである。近年の女性進出がどうのこうのというわけで、女子高生でも野球部員として大会に出場していいことなった。おそらく、アメリカの女性プレーヤーの台頭がこっちにも渡ってきたのだろう。私は、広島県代表校の『東洋鯉高校』の抑えとして地区大会からここまで出場してきているのである。マスコミも、女子高生ストッパーとして、報道しているので知っている人もいるかもしれない。
 後30分ほどで決勝戦が開始される。相手は大阪府代表『大近高校』である。どちらも初めての甲子園優勝を目前にして、熱く燃えたぎっている。そんななか、私は悩んでいた。
 それは今朝の電話内容だった。そう、誘拐犯さんから言われた条件とは――

「今日の決勝戦、おまえが出場して……そして、負けろ」