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「Rosy」より



 叶絵が初めてかおるに出会ったのは、幼稚園に通っていたころのことだ。かおるは幼稚園の先生だった。叶絵が年長組に上がると同時に、新しく赴任してきたのだった。かおるは先生たちの中で一番若く、いつもにこにこしていた。小柄な点もあいまって、先生というより、子供たちの少し年の離れた姉のようだった。園児たちの中には、かおる先生、でなく、かおるちゃん、と彼女を呼ぶものもいた。叶絵もなんらの抵抗なく、かおるをかおるちゃん、と呼んだ。そういう子どもたちは、園長先生に見つかると怖い顔で叱られたのだけど、当のかおる先生は真っ赤になって、こらーっ、などといかにもぎこちない仕方で怒ってみせるばかりだった。そういう様子が面白く、またかわいらしくて、子どもたちはますますかおるをからかうようになったのだった。
 かおるがよく口にしていた話を、叶絵はいまでも覚えている。
 「わたし五月に生まれてね、そのころちょうど、病院の庭にばらが咲いていて、とてもいい香りだったんですって。それで、薫。『かおる』は、くさかんむりの、薫……くさかんむりってまだわからないわね、そう、少しむずかしい字」
 保育園の門のそばの花壇に、立派なばらの木があった。かおる先生はその木の前で、子どもたちにかおるという名の話をした。他の先生にも、あるいはお迎えに来た親御さんにも、同じように話しているのを、叶絵は見たことがある。
 「くさかんむり、の、薫」
 そう言って、空中に指で字を書いてみせる。
 叶絵はまだ自分の名前も漢字で書けない歳だったから、もちろん「くさかんむり」のことも知らなかった。文字通り、草でできたかんむりのことだと思っていた。くさかんむり。かおるの名前とどういう関係があるのかはわからなかったけれど、かんむり、とつくと、なにか絵本のお姫様のような感じがした。
 「くさかんむり」のことが、幼い叶絵の心の中にずっとあって、それでとうとうある日、叶絵は自分でくさかんむりを作った。五月、つまりかおるの生まれた月のことだった。叶絵は保育園の中庭で両手にいっぱいのしろつめくさを摘んだ。それからご丁寧に、白い花の部分をひとつひとつ、全部むしった。細い藁のようになった草は、引っかかるところがないので編みづらく、叶絵は苦心した。ちいさな手、短い指でぐちゃぐちゃと編んだ冠は、冠というより体を丸めたむかでのように不細工で、みすぼらしかった。それでも当時の叶絵にとっては一生懸命こしらえたものだったから、彼女はかおるのもとへそれを持っていき―
 ―かおる先生には、どうやら、呼び捨て以上の嫌がらせとして映ったらしい。冠を差し出されるなり、彼女はその場にしゃがみこんでわっと泣き出してしまった。
 いくら若い先生といったって、子どもが泣くのと先生が泣くのとではわけが違う。周囲の先生は驚き、戸惑い、異様な雰囲気を感じた子どもたちは不安になって、後を追うようにわんわん泣き始める。幼稚園じゅうが騒然となった。
 普段から子どもたちに茶化されて積もったストレスが、ついに限界に達したのだろうということは、誰の目から見ても明らかだった。事態が落ち着くと、園長先生は普段からかおるをからかっていた子どもたちを集めて、一列に並ばせ、こってりと叱ったのだった。
 「先生をからかったりしてはいけません」
 子どもたちが揃ってめそめそと涙を流している中で、叶絵は冠を両手で握りしめたまま、呆然と突っ立っていた。
 「かなえちゃんも、あなた、そんなもの人からもらったら、どんな気持ちになる?」
 どんな気持ち?
 悲しい気持ちになるでしょう、と念を押すように言われ、叶絵はうん、と頷いた。頷いてはみたけれど、実際のところよくわからなかった。
 どうしてそんなのあげたの。園長先生が強い声でさらに尋ねてくる。園長先生は難しいことばかり言う、と叶絵は思った。かおるちゃんはいつでも「くさかんむり」の話をしていて、だから、「くさかんむり」を持っているのがいいんじゃないかと、そんな気がしただけなのだった。お皿は戸棚の中に、鉛筆は筆箱の中にあるのがちょうどいいように、「くさかんむり」がかおるちゃんの頭の上にあれば、きっとすごくちょうどよくて、すてき。そういうことを叶絵は言いたかったけれど、うまくことばにならなかった。
 人の気持ちのことを考えるのは難しい、と、叶絵はそのとき生まれて初めて思って、その思いが、今でもずっと続いている。