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十七歳

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運動靴の踵を踏み潰して、腰で穿いたジャージの裾を引きずって、頭の後ろで手を組みながらのろのろと俺は運動場へ出る。
運動場の真ん中ではクラスメイトたちが、真面目な奴は体育座り、あんまり真面目じゃない奴はあぐらなんかかいて教師の話を聞いている。その安っぽい黒ジャージで上下揃えた体育教師はまだ運動場の入り口でのろのろしている俺を目ざとく見つけて、「野村ぁ!」と叫んだ。遠いから顔はよく見えないけど、多分その顔は笑っている。
「走ってこい!」
それにしてもでかい声だ。どうやらクラスメイトたちも俺を見て笑っている。俺は急に照れくさくなって、猛ダッシュして列に加わった。
ようやく列に加わった俺に「急げるんじゃねーか」と言った教師の顔はやっぱり笑っていた。


教師の名前は安藤と言った。歳は二十四、比較的俺らに近いその年齢に物分かりのいい性格が加わって、彼はおおむね生徒に好かれていた。そして俺も例外ではなく、他の教師とは違って俺に遅刻するな制服をちゃんと着ろ真面目に勉強しろと言わない安藤には好感を持っていた(まあ、勉強しろと言わないことについては奴が体育教師だからかもしれないが)。
安藤はこんな三流の男子校に来たのが気の毒になるくらい、なかなかきれいな顔をしていた。前に俺が「先生さー、やっぱ女子高とか行きたかったでしょ」と言ったら、「バッカ、女子高なんか行ったら俺の取り合いが全校で問題になっちゃうだろ」と言ってふんぞり返って笑っていた。


その日の体育は50メートル走のタイム測定だった。
俺は隣の列に立った生徒を見た。182cmのそいつを見るとき、167cmの俺の目線は自然と上へと移動せざるを得ないのでむかつく。
「慎ちゃん足速いからなぁ」柔らかい声で藤江は言った。
藤江は頭がよくって性格がよくて顔がよくて背が高くて、絵に描いたような好青年だった。俺とはぜんぜん違うタイプの。なのにけっこう仲良くしているのは不思議だと自分でも思う。
仲間内のみんなが慎二と呼び捨てにする俺のことを、こいつだけが慎ちゃんと呼ぶ。だから俺も、ふだん友達をあんまりそんなふうに呼ばないけど、康ちゃんと呼ぶことにしている。藤江康介。

「ああ、俺は足速いからな」
俺が頷いて肯定すると藤江は笑った。
「でもさ」と俺が言うと、俺たちの前の四人グループが走り出すのを目を細めて眺めていた藤江は俺のほうに向き直って「ん?」と聞き返す。

「特に康ちゃんには負けたくないから」

一瞬分かったような分からないような顔をしたあと困ったように笑おうとする藤江の肩の向こうで、安藤が「位置についてー」と言いながら、首から提げたタイムウォッチを構える。俺たちは屈んで前傾姿勢をとる。


「俺、勝つよ」

安藤の「用意」という声のすぐ後、俺は言った。
藤江が何か言おうとして口を開きかけるのを空気で感じたのとほとんど同時に、「スタート!」の声がした。俺は走り出していた。
作品名:十七歳 作家名:浅野