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きみこいし
きみこいし
novelistID. 14439
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アルフ・ライラ・ワ・ライラ 1

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1:灯りの魔女(イオ)

石造りの床には二十人ほどの少年、少女たちがずらりと座り、かたずをのんで壇上を見つめていた。
壇上では一人の老人が薄い巻物を手に、とうとうと名を読み上げている。
「ハミール、ラナ、ナーセル」
痩身の老人だ。頭にはターバンを巻き、その身には幾重にも長布を巻き付けている。
かわいた肌に、もろい枯れ木のような腕、長く伸ばしたひげは白く、けれど半ばシワに埋もれたその慧眼は確かな知性を宿し、まるで古くより叡智を集め、探求してきた、この『館』そのもののような存在だ。
部屋の飾り窓からは午後の光が差し込み、石造りの床に複雑な幾何学模様の影をおとしている。宙に舞う粒子に光があたると、室内にキラキラと不思議な輝きが瞬いた。
いや、光のせいだけではない。この『館』には、整然と立ち並ぶ柱の影や、書物棚の間、あるいは壁に刻まれた魔除けの文字、そこかしこに何かの気配がただよい、『館』全体がピンと張り詰めた清冽な力で満たされているのだった。
――――『魔法』の気配だ。

老師を食い入るように見つめる少年たちの中に、一人の少女がいた。イオだ。
黒髪をかるくまとめ、耳元には唯一の装飾品である青い石が揺れる。いつもならば若く伸びやかなその横顔は、今は緊張にこわばり、胸元で両手をきつく握りしめている。
はりつめるような静寂の中、老師の声が淡々と流れていく。
低く、細く、まるで蜂の羽音のような小さなかすれ声に、いつもならば眠気を誘われるイオだったが、今日ばかりはそうはいかなかった。
一言も聞き漏らすまいと、必死に意識を集中させる。
カサリ、カサリ。
老師がめくる、巻物の残りは少ない。
(あと少し、もう少し。お願い、今度だけは・・・)
祈るような気持ちで少女は目を閉じる。あまりの緊張に耳鳴りがしてきた。
けれどイオの願いもむなしく、
「ファーティマ、アズマール。以上だ」
老師が告げると同時に、まわりからはじけるような歓声があがった。若い少年たちの声は薄暗い石造りの建物に反響し、ガンガンとイオの頭に響く。

―――――読み上げられた合格者の中に、イオの名前はなかった。


叡智と静寂、埃と過去が堆積した、神秘の館。
大きな丸天井を八本の柱が支える主棟を中心に、四方に翼棟が連なり、その先にはさらに4つの星見塔をかかえ持つ。壁一面には青を基調に鮮やかな装飾が施されたこの建物こそが、砂漠の王国のかたすみに位置するオアシス都市、ネイシャブール唯一の『知恵の館』。
そう呼称される、―――魔術師の学舎なのだった。
そして、部屋に居並ぶ彼らはみな魔術師の素質を見込まれ、この知恵の館で学ぶ魔術師見習いの少年たちなのだ。
おりしも、今日は年に一度の試練の日。
日頃から研鑽をつんできた魔法の成果を問い、魔術師に進むべき知識と技を磨いた者に、その結果が言いわたされる日だ。
(一年に、たった一度の、特別な日だったのだ)
呆然と立ち尽くしている少女に、気づいた老師が声をかける。
「イオ、残念じゃったな。お前さんの知識は悪くないが。なにぶん技がな」
「老師・・・」
言葉を濁しているが、言いたいことは身に染みてわかっている。他ならぬイオ自身が、痛感しているからだ。
「まぁ、まだ望みはある。次の試練までに力をつけなさい」
枯れ木の様な手が、ポンと肩をたたく。型どおりのはげましに、いっそう惨めな気持ちになったイオは、唇をかむと黙々と絨毯をまき、書物と道具を片付け、戸口にむかって歩き出した。

一歩、外にでてみれば、焼け付くような日差しが降り注ぐ。
あまりの眩しさにイオは顔をしかめた。
今日もうだるような暑さだ。
砂漠の世界で日中に出歩くなど考えたくもないが、これ以上知恵の館にいる気分ではない。喜び合う仲間たちを見ていることなど、できそうもなかった。
悲しいような、苦しいような、なんともみじめな気分だ。
はぁ、とため息をつくと、イオは肩をおとしてとぼとぼと家路についた。
知恵の館の外門をくぐれば、またたくまに街の喧噪が少女をとりかこむ。
砂漠をわたる乾いた風は熱く。風に乗って様々な匂い、音が運ばれてくる。
たっぷりと香辛料をつけて焼いた肉の刺激的な匂い、焼きたてのパンはほのかに甘く、礼拝所の香は心をくすぐる。ラクダ、馬、犬や猫の声。店のよびこみ、洗濯をする女たち、路地に遊ぶ子ども。
決して大きくはないが、枯れることない豊かな水源から水をひき、隊商の交易地としてひらかれた街、それがネイシャブールだった。
いつもとかわらぬ街並みを、イオは黙々と歩いていく。

―――――望みなどあるものか。
じっと足下の影を睨み付け、少女は考える。
イオは今年で16になる。
知恵の館で学ぶ見習いたちの中でも二番目の古株になっていた。
10のころから、知恵の館で研鑽を積み、魔法の力を磨いてきたのに、もうずっと試練に合格することができないのだ。
二つ年下の弟はすでに、魔術師の証を得ているというのに。
「はぁ」
やりきれなさに、イオはため息をつく。
弟も、後から入ってきた見習いたちも、どんどんイオを追い越していく。それなのに、イオだけが魔術師見習いから卒業できずにいる。
――――また、一年。
そう思うと、なにやら両肩に重いものがのしかかる。
けれど他に道もない。イオにできることは、ただ魔法の力をつけ、試練を受け続けることしかないのだ。知識ではイオは彼らに負けていない。むしろ長年にわたり知恵の館のあらゆる書物を読み解いてきたのだ。ということは――――
(やっぱり、わたしの『魔法』のせい・・・なんだろうな)
沈んだ心で、イオは悄然と肩をおとす。
けれど与えられる魔法は生来のもの。どうすることもできはしない。となれば、この先もずっと、試練に合格することはないのだ。
焦げ付く日差しに暑さも相まって、イオは泣きたくなった。
世界が真っ暗になり、足下からずぶずぶと土に沈み込んでいくようだ。
重い体をひきずって、ただ堅く踏みしめられた道を行く。

やがて、道の先にひときわ大きな屋敷が見えてきた。いくつも立ち並ぶ建物に、豊かな緑があふれる中庭、そしてそれらを高い塀がとりかこんでいる。外門には訓練をうけた屈強な兵士の姿。
――――この都市を治める領主の館だ。
高い壁を見上げてイオは考える。
今頃あの中でジズは魔術師として、父と共に働いているのだろう。
領主のお抱え魔術師。それがイオの父、アル・ガニーの役職だった。
魔法の才能とそれ以上に人心の機微、俗な言い方をすれば権謀数術に恵まれたアル・ガニーは領主の信頼もあつい。その父の側で、ジズは魔術師として力をつけている。
そして、先ほど名を呼ばれた仲間も、明日からはあの館で働くのだ。
(・・・裏道を行こう)
なんともいたたまれない気分になり、領主の館を避けてしばらく歩いて行くと、青い丸屋根の屋敷にたどりついた。青い丸屋根は、魔術師の館の証だ。かたく閉じられた門には六芒星と流れるような魔術文字で魔除けの呪文が刻まれている。正しい言葉を知らない者の出入りを防ぐための、魔法だった。
『我、汝が敵にあらず、すべらからく開け』
ぼそぼそとイオが呪文を唱えると、ギギギと重い音をたてて独りでに門が開いていく。