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アノンの父親捏造まとめ

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居候編1


 ―――出ていけ。
 心の奥底に突き刺さるように冷たい声、それが誰のものかはすぐに分かった。あの男―――父親。
 ―――私に従わぬなら出ていけ、ヴィノン。
 震える声で言い返すのは、若き日の自分。
「言われなくても出ていきますよ」

 雨の降る寒い夜だった。

 * * *

  ガタッ
 ソファから落っこちそうになって、ヴィノンは目覚めた。
「夢か……」
 安堵のため息を吐いて立ち上がるが、夢で見た過去のことが頭から離れない。息子はまだ他人の家のソファで寝ている。
 キィ、とドアが開く音がして、レースのカーテン越しに見える廊下にマーガレットが出てきたのが見えた。隣の部屋にいたようだが、つまり自分たちを見張っていたのだろう。
「起きてたのか」
「よく眠れたよ、マーガレット」
 本当はうなされたけれど。
「ソファはベッドじゃないんだけどね…」
「でも、アノンも本当によく寝てるよ―――」
 喋りながらも、彼は廊下に立ってこちらを見ているマーガレットの息子が気がかりだった。

 自室で荷物の片付けを再開しようと、ロベルトが廊下を歩いていた時。
「ロベルト」
 よく通る声に足を止められ、やむ無く首を後ろへ回した。
「…出ていって欲しいのかい?」
 口角を上げて不気味に微笑む地獄人を、ロベルトは見上げるしかない。
 彼はもう一度繰り返す。
「私たちに、出ていって欲しいのか」
「どうして?」
「目で解る」
 男の赤い眼は笑っていない、醒めたままで。
 その鈍い眼光に怯えて、声が震えないよう祈るばかり。
「じゃあ…だったらどうなんです? もし、僕がこう言ったら」
 ロベルトは十団を指揮していたあの頃のように、目を細めず薄く笑って見せる。
「あなたに、『出ていけ』って」
 しかし瞬間、彼の赤い眼に地獄の炎のような熱が見えた気がして、ロベルトはその大きな目を逸らしてしまった。
「構わない」
 男が言った。どこか熱の込められた声色。
「出て行ってあげよう。その時は」
 え、と目を上げると、彼はすでに階段を降りて行こうとしていた。ロベルトははっとして付け加える。
「と…父さんにも訊いてくれ、きっと僕とは違うことを―――…」
 地獄人の耳には、そこまでしか聞こえなかった。

 その時彼は風呂場にいた。入浴中ではなく、ロベルト同様荷物の片付け中なのだ。
 蛇口に続いてシャワーの出を確かめていると、脱衣場から笑いを含んだ声がかかった。
「マーガレット」
 見ると鮮やかな赤い眼と夜のように深い青紫の髪の地獄人が、いつもの嘘くさい笑顔で立っている。
「あぁ、…ヴィノン。どうかしたのかい」
「いや…」
 振り返ったマーガレットを見、ヴィノンは少し口ごもった。
 偽名と分かっている名を呼び、シャワーヘッドを構えたまま平然と振り返る天界人。もちろん警戒はしているようだが、怯えも拒みもしていない。こんな態度を取られたのは久々で、ひどく居心地が悪かった。
「…どこにいるのかと」
「なんだ、てっきりここを出ようとしているのかと思ったよ」
 笑っていたヴィノンの眼が再び熱を帯びるが、
「どうする気か知らないが、今日の所はここに泊まって行きなさい。ね」
マーガレットはそれを気にせず優しく念を押した。
「…出ていけと言わないんですか?」
 自嘲気味に笑って問えば、彼は息子と同様に何故と言った。
「本当は私たちに…私に、出ていって欲しいんじゃありませんか」
「はは…息子にも似たようなこと言われたよ」
 彼は、そんなことかというように笑ったのだ。
「僕は君を追い出せない―――いや、追い出さないよ」
 どこか苦味を含んだ笑い方をして、シャワーのコックを捻る。手にしたシャワーヘッドから水が飛び出した。
「ついでに掃除するから君は部屋に―――」
 そのままヴィノンを見ると、彼の赤い眼からは雫が零れていた。
「……」
 驚いて風呂場の壁にシャワーの水を浴びせたまま、マーガレットは固まった。タイルの壁で跳ねた水滴がヴィノンの服に飛んでいる。
 ―――この地獄人も涙を流すのか。
「こ…これは涙じゃありませんよ、水滴です。そのシャワーの水が飛んで…」
 彼が急に焦って、頬を伝う幾筋かの雫を手で拭う。
「あ、あぁ…そうか」
 マーガレットは手にしたシャワーヘッドと彼の眼とを見比べ、ふと思い付いた。
「ヴィノン」
「…泣いてなんか……ッ!?」
 今度はヴィノンが驚く番だった。マーガレットは、えいとばかりにその顔にヘッドを向けたのだ。
「何を…」
 今度はコックを閉めるなり、
「あぁ本当だ、水滴だね。濡らしてしまって済まない、先に風呂を使うといいよ」
真顔でそんなことを言ってみた。
 ヴィノンが涙を押し込めるように眼を細めた。ほっと息を吐き出しながら。
 ―――泣きながらでも笑うのか。
 脱衣場のドアを外から閉めながら、思った。