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アノンの父親捏造まとめ

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出会い編


 5月8日を迎えるのは、マーガレットとその妻が初めて出会ってから、その日で3度目だった。彼らは1歳になる息子ロベルトを連れて街へ出掛けることにした。
 ロベルトは母親に似て、大きく丸い目と幾ら梳いても引っかからないような綺麗な金髪を持った男の子だった。底まで映し出す湖のように澄んだ蒼い瞳は父親譲りだろう。


 そのロベルトはまだうまく歩けないので、ベビーカーに乗せられていた。“街”というものを物珍しそうに見回している。
「早く。まーちゃん、こっちよこっち」
 明るい声に呼ばれてマーガレットが自分の息子から視線を移すと、妻が百貨店のドアの前で手招きしていた。彼は急いでベビーカーを押してゆく。
「ねぇ…楽しむのはいいんだけど、その“まーちゃん”って言うのはやめてくれ」
 ロベルトが覚えたらどうするんだ、と彼が息を吐いた傍で、
「まーちゃ」
「あははっ。もう覚えちゃったみたいね」
妻は無邪気に笑っている。
(子どもが2人いるみたいだな)
 何の裏表もなく笑う妻と、同じ表情で手足をばたつかせる息子とを見比べて、呆れながらも穏やかな心地になった。
(こういうのを、“幸福”と言うのかな)
 神の住む天界にいながら、地上の人々の幸福を望みながらも、力を欲する者は神の座を狙い、優秀な者は妬みの的になる。少し下に目を向ければ、和解した筈の地獄人たちの不穏な動きに怯える。
 天界人の誰もが“幸福”を得ているというわけではなかった。

 百貨店に入った途端、妻はすぐにお目当てのコーナーへ向かって駆け出してしまった。
「他のお客さんもいるんだから走っちゃいけないよ。子どもじゃあるまいし、誰かにぶつかりでもしたら…」
 言いながらマーガレットは、向こうから歩いてくる人影に気が付いた。けれど妻は振り返って、
「何言ってるの、子どもじゃないんだから大丈夫よ。ぶつかったりなんか……きゃっ」
 尻餅をついた妻を見やって、マーガレットはぽそりと呟く。
「言わんこっちゃない」
「ちょっとまぁちゃん、今何か言ったでしょっ?」
 マーガレットは苦笑した。まったく、都合の悪いことは決まって聞き返すんだから。
「あの、大丈夫ですか?」
 彼女のぶつかった相手の男が、いまだに座り込んでいる妻に話しかけた。
「あっ、はい大丈夫です。ごめんなさ……ッ」
 慌てて立ち上がった妻は、男を見たとたんに息を呑んだ。マーガレットも同じくして、ぞっとするような気配を感じる。
 歳はマーガレットと同じくらいの若い男。量が多く青紫色の短髪をしている。更に頬と鼻筋に黒い模様があった。シャツの襟元から褐色の肌と顔と同じ黒い模様が覗いているので、おそらく全身のいたるところに同じような模様が彫られているのだろう。
 しかし妻のほうは、別に怖かったりぞっとしたりしたから息を呑んだのではなかったようで、我に返るとこう言った。
「か……、かっこいー!」
「ってそっちかーい!」
 つい突っ込みを入れてしまったマーガレット。
「ねぇ、その子…君たちの子ども?」
 男が、ロベルトを指して言った。
「ええ、そうなんです。可愛いでしょう?」
 妻が明るい声で言ったのを、男はにやりとした笑みだけで返す。
「天界人?」
「当たり前だろう、ここは天界だ。どうしてそんなことを訊くんだい?」
 眉根を寄せて、マーガレットが訊き返した。その声が余りに冷たいので、妻が今度こそ息を呑んで振り返る。
「まーちゃん…?」
 緊張しているせいもある。しかしそれ以上に、彼はこの男を警戒していた。
 男が視線だけをマーガレットへ向けた。一瞬、空気が張り詰めたように動きを止める。何も知らないロベルトさえ、玩具を握る手を止めじっと男を見詰めていた。
「いや」
 ふっ、と男が笑った。よく通る、印象的な声で続ける。
「私にも同じくらいの息子がいるから、少し気になったんだ」
 それから急に、紅い眼を細めて微笑んだ。マーガレットに向かって。
「可愛いね」
「……は?」
 マーガレットが訊き返すと同時に、男は踵を返していた。
「まーちゃん、聞いた? 可愛いねって言ったわよね、うちのロベルトのこと! ロベルト、よかったねー」
 嬉しそうにロベルトの頭を撫でる始める妻を、マーガレットは呆然と見た。
「あ…あれってロベルトのこと言ってたんだ」
 自分に言われたのかと思ったよ、とマーガレットが息をついた時、店内放送が入った。
『お客様に緊急のお知らせをします。地獄人の侵入が確認されました。最終目撃ポイントはF地区5番街です。繰り返します――』
「たいへん! すぐ近くじゃない」
 振り返る妻とは逆に、マーガレットは混乱していた。
「地獄人が、どうやって…神が厳重な結界を張っているはず…」
 地獄人とは地獄に棲む者の総称だが、天界人とは当然敵対しており、天界には通常入って来ることも許されない筈だ。実際マーガレットたちは彼らを一度も目にした事が無かった。何より、彼らは危険視されていた。「マーガレット!」
 高く鋭い声色に、マーガレットの心臓が跳ねた。呼んだのは妻だった。
「何やってるの、外に出るわよ! 隠れるにしても襲うにしても、今いちばん人の多いここに来る可能性が高いんだから!」
 言いながら彼女は、長い金髪を揺らしてベビーカーを押してくる。ようやく我に帰って店内を見回すと、大災害が起こることを知ったかのように騒然としていた。さっき入ってきた入り口の自動ドアを振り返る。慌てて避難しようとする客たちで通勤ラッシュよろしく込み入っていた。
「早く!」
 もう一度強く言われて、すでに外へ避難すべく駆け出している妻の後を追う。
「…君は、強いね」
 聞こえないように呟いた。