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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 序章

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夕刻より降りはじめた雨は、一向にやむ気配がない。
 それ所か、零時を過ぎた今では風までその狂暴さを隠さずにいる。
 嵐の猛威。海に面したその街では、時(し)化(け)には厭というほど煮え湯を呑まされてきた。
 故に繁華街に人気はない。
 どの店もみな一様に固く戸を閉ざし、落書き(グラフイテイー)がされたシャッター群は聴く者には堪え難い不協和音を奏でている。
 それでも、静かだった。
 本来なら人がひしめき合って当然の街の中で、その行為主たる人を失った繁華街(イレモノ)はジオラマじみている。
いや、被造物(ツクリモノ)はどこまでいっても被造物(ツクリモノ)だ。だからこの光景も、実際は模型とそう大差ない。その大きさと、実用できるかどうかの違いでしかないのだ。

 ──けれどそれも、文字通り一晩の泡(うた)沫(かた)。
 
 形骸化した虚飾も、この沛(はい)然(ぜん)と降りしきる雨さえ止めば再び機能を取り戻す。
 ただそんな街の中で、人の気配を匂わせる佇まいがあった。
 それはコンクリート建築で埋め尽くされた中で、地味だが、それ故に異彩を放つ英国風の切妻屋根の洋館だった。
 屋根には十字架と風見鶏が掲げられ、門構えには外套(ローブ)をまとった骸骨と、一枚布(ヒマテイオン)に身を包んだ女。その二体の彫像が、互いに手にした大鎌と長剣を交差させアーチを形成する。
だから外から訪れる客は、まずこの断頭台(ギロチン)めいた物騒な拱(きよう)門(もん)を潜らなくてはならない。
 正面には堅牢な樫でできた両開きの門扉。
 その両横に設けられた木枠の窓ガラスには、今も休むことなく轟々と雨風が叩きつける。
 と、濡れた窓ガラスが微かだが歪んだ人影を映し出した。
 それがこの周囲で唯一人(ひと)気(き)を感じられる正体だった。
 その人物は部屋の中頃の壁から飛び出した木製のバーカウンターに肘をつき、整然と立ち並ぶ椅子のちょうど真ん中に腰かけている。
 建物の内側は仕切りのない一体のホール型。そこにいくつもの丸テーブルが配置され、部屋の奥にはピアノやウッドベースをはじめとしたジャズセッションに用いる楽器類が置かれていた。
 どうやらジャズバーと思(おぼ)しきその洋館は、普段なら無数の客で華やかな賑わいを見せているはずだろう。
 しかしその質素と豪奢を同居させた部屋を支配するのは、上下を黒のスーツで固めたたった一人の人物。黒く伸びるその脚は、無造作にスツールから流れている。
 屋内だというのにスーツと同色のソフト帽を目深に被り、その顔容(かんばせ)は誰が見ているわけでもないのに何かから隠れるようだった。
 カウンターについた肘の先には、丸氷を一つ転がせたグラスが軽く握られ、中には短褐色のバーボン・ウィスキーが注がれている。隣に据えられたボトルのラベルにはエイジャ・クレイグの銘。
 その姿は物(もの)忌(いみ)にふける賢者か呪術師か。どこか人ならざる雰囲気を醸している。
「待つだけというのは、どうにも詮(せん)無いものよな」
 と言って、カウンターに置かれていたラジオのスイッチを入れ、チャンネルチューナーのつまみを弄り出す。
 そこでジャズナンバー〝Blue Moon〟を見つけて指が止まる。
「この天気で〝蒼き月〟か……なかなかオツだな」
 すると自然、その口の端が緩む。
 油断した瞬間、閃光が部屋の中を駆け抜けた。
 その後、数秒遅れて這うような地鳴りが洋館全体を包む。
 雨雲の中でぶつかり合う氷の粒が静電気を起こし、その許容量が限界に達しての放電現象。どうやら北の山間部のどこかに雷が落ちたらしい。

 ──神(かみ)解(と)き。

 今でこそ有り触れた自然現象の一つとして位置づけられてはいるが、古代、人はその轟く稲妻に死せる神を視た。
 雷鳴を、天(あま)津(つ)国(くに)より堕ちてきた神が岩に当って砕けたと考えたのだ。
 つまり落雷のたびに八百万(やおよろず)の神の一柱が消えることを意味している。
「まったく、大仰なことだよな」
 どこか落ち着きのない物腰で、軽い鼻息とともに嘯(うそぶ)く。
 隣の椅子には二冊の本が重ねられ、その内の一冊を優しく手に取る。
『The Testament』──と金字で題されたそれは、赤い上等な革で装丁されていた。が、古いせいか、ところどころに傷みも眼につく。
「大丈夫だ。あいつは何食わぬ顔で戻ってくる」
 反(はん)芻(すう)するかのように自身の口から出た言葉を噛みしめると、グラスに残ったバーボンを一息で呑み干す。
 それで胸のつかえが降りたのか、蒼(あお)褪(ざ)めていた顔が上気しほんのり色づく。
 ほどよくアルコールも回り出し、その人物は懐に忍ばせていた赤い紙箱から一本煙草を口へ運ぶ。
 が、手元に灰皿がないことに気がつき、その動きが一瞬硬直する。
「まあ……いいか」
 この広い部屋だ、探せば灰皿の一つや二つすぐに見つかると考え、そのまま流れる所作で火を点ける。
 その時だった。
 隙間なく閉じていた扉が、蝶(ちよう)番(つがい)のうめきと共に外へ向かって開け放たれる。
 現れたのは時代物のトレンチコートを羽織った少年。手にはキャンプに使うガス式ランタンが握られている。
「──永(なが)久(ひさ)」
 屋敷の主の口から零(こぼ)れる。
 濡れ鼠(ねずみ)の少年は、沈痛な面持ちで戸内へ踏み出す。
 ランタンをバーカウンターに載せ、濡れた手でコートのポケットから写真を取り出す。
 それを壁にかけられていたダーツ盤へ銀のナイフで貼りつける。
「五人目です、牧師(センセイ)」
 重い声で言い放つ少年の言葉に、黒衣の人物は瞠(どう)目(もく)する。
 ダーツ盤に元々貼られた写真は四枚。少年が加えたもので五枚。それぞれには違う子供の顔。
 指の間で紫煙を吐き出していた煙草から、ポトリと、灰の塊が零れ落ちる。その先には、椅子に置かれたもう一冊のハードカバー。
 名を『ウロボロスの脳内麻薬』と記されている。