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山芋

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私は兄について狭い路地を歩いている。
空が真っ黒で月も星もない。
路地に沿って屋根の低い、同じ形をした家屋がびっしり並んでいるのだけれども、そのどれにも人の住んでいる気配はなく、灯かり一つ点いていない。
兄は私の数歩先を黙々と歩いている。
どこにも灯かりのない中で地面だけがやたらにてらてら光っている。
地面は濡れていて柔らかい。
前を行く兄の素足が地面を踏むと、その周りの土が足の踏む力に押し出されてもこもこと盛り上がる。
そうして足が離れると、その盛り上がりはゆっくりと元に戻って、後には足跡も何も残らない。
頭の上では時おり白い稲妻が音もなくぴかぴか光って、そのたびに空の半分近くも覆う山の影が、はるか向うに黒く浮かんだ。
兄の目指すところが、その山のふともにあるということだけが、分かっている。
稲妻はあちらからこちら、こちらからそちらへと移り渡って収まる事がない。
灯もないのに地面が光るのは、地面の泥土がこの稲妻の光を吸い取って蓄えているからではないかと思われた。

しばらく歩いていると左右の家屋が途絶え、路地が尽きて、ごつごつした岩石が見渡す限りに立ち並ぶ岩場へ出た。
兄はその岩石の上を器用にひょいひょいと渡っていく。
それにはぐれないよう、必死になってついていくと、空に走る稲妻の数がまばらになり、光も弱って、じきに光っているのかいないのかも定かでなくなってきた。
見れば空の色が薄まり、地平に点々と光の粒が出始めていて、それが次第に増えながらつながり出している。

「おい、夜が明けた。もうすぐだ」
前を行く兄がそう言ったように思うけれども、それが実際耳に聞こえた声なのかどうか分からない。
帯になった地平の光が闇を押し上げて広がるのにつれ、山の側から強い風が吹いてきて、岩場全体がわんわんと鳴る。
その音が、時々一つ所に渦を巻いて、人のささやき声のように響いたり、あるいはまた獣の吠え声のように轟いたりする。
兄の声と思ったものも、そうした風の音の一つかも知れない。
そんな事を考えながらふと下を見たら、私の顔がこちらを見上げているのと眼が合って、私は岩の間へ転げ落ちそうになるほどびっくりした。
よく見ると、踏み越えようとしていた岩石の岩肌に浮き出た模様が、寄り集まって私の顔とそっくりな形を作っているのだった。
偶然かとも思ったけれど、それにしては、目や鼻や唇の形まで、写真で撮ったように正確に描かれているのが、どうしても解せない。
私はぶるぶると頭を振って、兄の背中の一点を見つめた。
兄に何かを喋りかけたいと思ったけれど、舌の根が喉にはりついて声が出ない。
何度もつばを飲み込みながら兄の背にすがるようについていくと、
「そら、もうすぐ日が暮れる。急がなければ」
と兄が、今度ははっきりと耳に聞こえる声で言った。
さっき明けたところなのにもう暮れるのかと思って周りを見ると、いつの間にやら岩場は消え、兄と私は腿ほどの高さまで草の生えた深い草原を歩いている。
そうして地平へ目を向けると、先ほど見た時には闇を押し上げながら広がっていた光の帯が、また闇に押されてじりじり狭まり出している。
それを見ていたら兄が言葉の通りに歩調を速め始めた。
私との間に少し距離が開いたので、これはいけないと思ったら、その距離があっという間にどんどん開いて、気が付けば、兄の姿は草原のはるか向うのぼんやりとした点になって、消えかかろうとしている。
私は慌てて駆け出したけれども、足元の草が絡まってきてうまく走れない。
そのうち、草の間にぬめぬめとした生温かいものを右足で踏んだように思ったので、ひやりとして立ち止まった。
見ると足の下に山芋のかけらが潰れている。
それに気をとられている隙に、草原の草がひとしきり波立って、はっと思って顔を上げたら、原の果ての兄の姿が掻き消えるように見えなくなった。
私は大声をあげて兄を呼ぼうとするのだけれども、舌の根がますます喉にはりついて、息さえままならない。

仕方なく、進むほど次第に背丈の高くなってくる草を両手でかき分けながら、右も左も分からない、どこからどこまでも同じ景色の中をやみくもに進んでいると、やがて草の隙間に茫とした灯かりが見えた。
その灯かりに向って分け入ると、不意に草原の中へ開けた平地が現れ、門を持つ大きな屋敷が、その上へ立っていた。
もしかするとこの家の人が兄を見たかもしれない、そう思って門をくぐると、背後の草原がふいと消えたような気配が背中に伝わって、私はびくりとした。
振り返ってみると、さっきまでは反対側に見えていたはずの山の影が、今くぐった門の向こうに、黒々とそびえていた。
作品名:山芋 作家名:水無瀬