このごろすこし
「お前最近なんか変だぞ」
長かった期末テストも終わり、引退して部活もない俺たちは放課後にマックでも行くべということで、こうして二人してシェイクをすすっているわけだけど、向かいに座った俺の幼馴染はどうにも様子がおかしかった。さっきからトイレ行きたくてそわそわっていうレベルじゃなく、ここ数日ずっとそうなのだ。はじめはテストもあるから勉強のことでも悩んでんのかな、受験生だしなこいつバカだけど、とか思っていたけど、どうやらそういうわけじゃないらしい。現に解放された今も、俺の方をチラチラ見ては顔を赤らめたり白くなっては青ざめたりとフランスの国旗か!?それとも散髪屋のくるくる回るやつか!?と言いたくなる。比喩だけど。
「なぁ、聞いてんのか？」
「ちょっと名前呼んでくんね？」
「は？」
水滴の付いたカップを両手で握りしめながら、目の前の男（17歳・左利き・童貞）はマジな顔で変な注文をしてくる。
「だから、名前呼んでほしいんだけど」
「山口」
「だから名前だって言ってんじゃん！」
「なんでキレてんだよ」
「キレてないキレてないたのむ一生のおねがい！」
俺は今までこいつの一生のお願いとやらを20回以上聞いてきた気がするけどこいついつ死ぬのかな？
「なんでだよ別にいいじゃん山口で。今までそうやって来たじゃん。アタシたちのカンケイって呼び方で変わるものじゃないじゃん！」
「ごめん今日はそういうのなしで。マジでちょっと試したいんだよ〜」
試すって何をだよ？って思うけど、こいつの何回あるのかわからない一生お願いをなんだかんだで聞いてきた、できた友人である俺は、減るもんでもないしまぁ名前くらい呼んでやってもいいかなーって気になる。
「ツトム」
「…………」
「おいツトム、言ってやったぞ」
すると山口ツトム（高校３年生・好みのタイプは深キョン・童貞）は「悪いスマンごめん」と席を立ちマックの狭いトイレに直行した。うわーこれはやばいわ意味わかんねーわと思っていると、しばらくしてトイレから出てきたヤツ（元テニス部・引退と同時に後輩にフラれて以降彼女ナシ・童貞）は「あぁ〜マジでかマジなのか〜」とかぶつぶつ呟いて席に戻ると一息ついてから俺の顔を見てふっと笑った。
「たっちゃった」
「……ハァ？」
「ふふふ」
「……たったってなにが？」
「たったって ナ ニ が」
妙にすっきりした顔を見せるこの男は、いやこの変態は、俺の、15年近く付き合った、おさななじみ……って認めたくねぇー!!そういえばさっきトイレ行くとき軽く前かがみだったし。っていうか明らか賢者モードだしこいつマックのトイレでおいおいおい。
「お前ふざけてんなよなに言ってんだ冗談はよせキメェ」
「いやー最近なんかお前見てっとムラムラしてきちゃってさ……気のせいかと思ったんだけど、名前呼ばれるのとか想像しちゃってそしたらたっちゃってあれれーみたいな」
「あれれーじゃねぇよどうすんだよっていうか名前呼ばれたくらいでテメェどんだけだよどんだけ俺のこと好きなんだよ」
「あははわかんねーけどとりあえずもっかい名前呼んでよ」
「やだよマジで死ねよツトム」
「あー俺お前のそういうとこ好きだわ」
でもこれ以上呼んだらまたたっちゃうから今日はこれでカンベン〜なんてのんきに言う変態を前に俺はどうすれば。
あーあ、減るもんじゃないしとか思ってたけど俺の中で確実に何かが減ったよ。具体的に言うともともと少なかった親友に対する尊敬の念とかが！
それにしてもこの男は二か月ほど前まで先輩後輩ラブな青春を謳歌したと思いきや、キス顔が嫌というそんな情報知りたくなかったよ俺っていう理由でフラれた、いたってノーマルな友人……一体どこで間違ったんだよ。そして俺はこれからどう付き合ってけばいいんだよ。キス顔そんなにキモイのかよって違う違う。
「ツトム、お前やっぱ変だぞ」
「だから、たっちゃうからもう呼ばないで〜」
ほんともう、俺も変。