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椅子

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目の前に椅子があった。いかにも古い年代物、という雰囲気がある椅子だったが、一目で立派なものだと分かる。木で形作られた椅子は明るい砂のような色をして、濃い茶の木目が美しい。赤のビロードのような布が肘掛けにかかっていて、座ることを促しているのか、座るところに沿って広がっている。その布は脚を伝い床にまで流れ、椅子に座るとまるで赤いマントを身につけているように見えそうだ。赤いマントは王様を連想させるが、この椅子は王様が座るような華美なものではない。
 その椅子は、主人を待っているように見えた。布が覆っていてあまり見えないが、肘掛けにかかっているその隙間からのぞくと、長年、誰かが愛用していた証拠の跡が見えた。その跡すら模様の一つに過ぎず、ただ椅子の風格をあげる一つにしかならなかったが、一抹の寂しさだけは残していた。もしかすると、置き忘れていったとか、拾いきれなかったとか、そんな理由かもしれない。
 何を思って、この椅子の元持ち主は、この椅子をここに残していったのかな、と思う。きっと、長年連れ添った相手というのは、人に限らず愛おしいものだから、手放すときはさぞつらかったに違いない。触れてみたいというよりは、撫でてみたいという思いが強い。しかし、それができないもの悲しさが人の形をして椅子に座っていて、とても近づけなかった。床に広がる布の前で立ち止まり、ただ椅子を見つめるだけだ。
 椅子は、主を待っているのだろうか。また、共にいたいと思っているのだろうか。持ち主が死んでしまってここにいるのなら、もう一緒にはいられない。では、次の主を、求めて、いるのだろうか。求めてはいない気がする。それでも、何かを待っているような雰囲気がそこにあった。
 椅子にかかっているビロードのような赤い布は、まるで椅子の生命力のように強く鮮やかだ。触れてもいないのに、さらさらと手に取れば水のように肌の上を流れるだろうと分かってしまう。ふと、布は椅子を守っているのかな、と思いついたが、どちらかというと布が椅子に寄りかかっているようで、椅子は不動のままだ。椅子が自ら動けないのは百も承知だが、椅子が望んで動かないようにも見えて、椅子に深く腰掛けているもの悲しさに触れられたのか、無性に寂しくなった。
 ずっと見ていたい気もするが、あまり椅子を見つめているともの悲しさが自分にも移りそうで、その場から離れることにした。一体何人の人がこの椅子の元を訪れて、去っていたのか。椅子がここにあるということは、今まで訪れた者の中にはこの椅子の持ち主になれそうな人はいなかったのだろう。悲しい。だが椅子にとってはそれで良かったのかもしれない。確証は当然ないが、椅子の寂しさは、持ち主が現れないことへの悲しみによるものじゃない。
 いつか現れるのだろうか。赤くつややかな布を踏みしめ、美しい木目の背もたれに手をのせる人物が。この椅子に誰かが腰掛けている様を見てみたいと、心から願う。
作品名:椅子 作家名:こたつ