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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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こういうとき、辛抱して待つようにしている。
昔は全然待てず、口を挟んだり替わりにやったりした。この頃待てるようになった。自分に、我慢しろ、と言い聞かせるのだ。
針の動きを目で追った。運針が乱れる。縫い目が、乱れる。その乱れはもっと大きくなる。そしてとうとう針は止まった。
「お願い! 見ないで!」布で壁を作る。「どうしても無理なの!」
布の向こう側で「ああああ・・・」など言っている。
「完成したら、届けてもらうから。それまで、ちょっと待っててくれる?」
「は、い・・・わかりました」
後退して、布の山の陰に隠れる。女の視界に入らない位置だ。針の動きをもっと見ていたかったが仕方ない。それからほどなくして声があがった。
「やったわー」
女の歓声。布の山に倒れこむ。再び起き上がる。目の下の隈が一層酷い。
「これと、これと、これ。これは舞い手用のね。これをまず届けてあげて。着付けに時間かかるから。あと、これも・・・ああ、もうだめだ。二往復すれば持っていけるわ。ふふ、ふははは、これで私は解放された、ははは」
両腕に衣装をかけ、首に薄い半透明の布を掛けられた。
「さあ行くのよ! 最高傑作だ! ぎゃふんと言え、民衆共!」
別人格に切り替わっていたので特に逆らわなかった。
気を付けて歩いた。女のいうとおり、そこには鉄の骨組みに布を被せた簡易の建物があった。布の切れ間から中を覗く。笛、打楽器、台、祭りに使うと思われる物があった。しかし人誰もいなかった。辺りを見る。魔女たちの気配などなかった。



白い紙にはこう書かれている。
『祭を中止せよ。さもなくば舞い手を殺す』
薄暗いテントの中、なんとか読む。手渡しながらリアは言った。
「どうするの? もういっそのことやめようよ」
「無理。だめよ」赤毛の女が言う。
「なんでよ?」
「長老たちは構わないって言ってる。それにここにはロエは使えなくても、魔女がたくさんいるんだから大丈夫よ」
リアは引き下がることにした。どんな悪罵でも思い付くが、言ったとしても何の効果もないことは経験上わかっていた。無駄な体力は、今は使うべきではない。
「衣装来ないわね」赤毛の女が呟く。
「きっとサーシャが撃沈したのよ」とりあえずリアは返す。
外から声がした。布から顔が覗く。
「リア、外に掛かっていたぞ。これ着るんじゃないのか?」
「あ、ありがとうー! 素敵! やっぱり冴えてる」
「連絡しなかったのか? あっちのほうが居心地がいいだろうに」
「リアが我儘言うから」
「そんなこと言ってないし」
魔女は笑って行ってしまった。リアはまだ赤毛の女に大きい瞳を向けている。
「あなたにもしものことがあったらどうするの。それに中止にしたらなんと言われるか・・・」
そう言って、赤毛の女は黙ってしまった。



シヨウは見たことのない天井を見ていた。ずっと朦朧としていた。意識はあったが認識しているだけの状態だった。ベッドの上に寝ている。しかし柔らかくはない。
自分で自分の体を動かせそうになったので、まずは首を動かす。銀色のトレィ。ガラス戸の棚。その中に瓶がいくつも並んでいる。計測器、本棚など、何かの実験室のようだった。
腕を見た。うっすらだが赤くなっている箇所がある。あの男が何かしていた。
テントの横で、酷く甘い匂いがして、体も口も動かせなくなった。
腹が立って意識がはっきりするのがわかった。
シヨウはこういう、自分の性格を把握している。誰だってコントロールしている。人間の輪の中にいるためにそれが必要だとわかっている。
体を捻って起き上がる。とりあえず異常はない。頭蓋骨も外されていない。床に立つ。靴は履いたままだ。そこは室内だった。周りは壁。窓にカーテンが引かれて薄暗い。まだ夜ではないことがわかった。剣が無くなっていることにはいち早く気付いていた。
室内を見る。色とりどりの瓶が並んでいる。茶色っぽい瓶、粉が入っている瓶、赤い液体、黄色い液体、透明な液体、透明な袋に入っている液体。
扉がある。壁に耳を当て、しゃがんでそっと開けた。そこは外ではなかった。誰もいない。先に見えるのはしっかりした扉。そこはエントランスだった。すぐに閉めてベッドに座りなおした。
シヨウは理由を考える。扉に施錠はされてなかった。悪意のある人間の仕業とは思えなかった。もしそうならあの場で殺されている。
そこまで考えて、考えるのをやめる。保留ではなく、終了だ。
再び扉を開ける。先程よりも慎重ではない。相変わらず人の気配はない。右に見える扉を開ける。構造的に南を向いている部屋だ。暗かった。カーテンが閉められていた。
また実験室に戻る。車綸の付いた台を掴んで動かしてみる。思ったよりも車輪は回るし台車自体が軽かった。
チューブを結び長くする。一方の端を動く台車の上部にきつく結び、部屋の扉を開け外へ出る扉のドアノブにもう一方を結ぶ。こちらもきつく結んだ。蝶番を見る。扉は外側に開くようだ。
チューブが自然に伸びきる位置まで台車を移動。台車の両脇に箱を置く。左右に動かないようにするためだ。前方の、少し離れた床に瓶の蓋を一つ置き、テープで固定。最後に、蓋を外した瓶を台車の上の段に乗せた。瓶の蓋はすべて外す。瓶は玄関方向の一角だけにびっしり並べる。
立ち上がって全体を確認。少し前方への重量が足りない気がしたので後方の車輪の下に瓶の蓋を置き、前傾にする。
更に確認。シヨウの腰程度の高さの台車では、この厚さの瓶は割れないのでは・・・
そう思えて全ての仕掛けを外した。苦労して築き上げたものを潔く壊すのは嫌いではない彼女だ。破壊が好きというわけではなく、それを決断した自分が好きなだけだ。
眠っていたベッドを実験室付近まで引っ張る。台車をその上に乗せる。ちょっと苦労した。人が横になるには少し固いが車輪には柔らかいので足場を固定。包帯を留めるテープを台車の前方から貼り、端を台車よりも後方の位置でベッドに固定。チューブはもっと長くなってしまった。全部結んでギリギリ繋がった。ベッドに上り、瓶を前方に配置。実験室の扉は室内へと開くものだったので閉めたら台無しだ。
落ちてきた台車が扉にぶつかる、台車が綺麗に着地、台車が人に直撃・・・
全ての可能性を考えればこんな仕掛けは成功率は低いしでたらめだ。距離や重さを変えて、実際に試してみたいがそうはいかない。そもそも、玄関の扉を勢いよく引いてもらわないと台車は転ばない。普通に開けても転ばないかもしれない。
成功しなければそれで構わない。
作業をする前はあんなにも怒り狂っていたのに、今は完全に平静を取り戻していた。あの怒りはどこへ一体どこへ行ってしまったのだろう、なぜあんなにも怒っていたのだろうと分析できるほどになっていた。成功したときを想像したためか、怒りの熱量を物体ではなく作業という別方向へ発散させたためかはわからなかった。しかしいい勉強になった。
部屋を出る。右に出るとまっすぐ奥に続いている。キッチンがある。古いが最近使われている形跡があった。小物も整頓されている。バナナがあった。房に六本付いている。それを一つ千切ってポケットに仕舞った。時計を探したがなかった。
「誰・・・?」
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン