小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

仏葬花

INDEX|12ページ/40ページ|

次のページ前のページ
 

死後の世界はあるか、死んだらこの私という意識はどうなるか、この星や世界や、すべての事象はどうなるか、どこまでも考え尽くした時期がある。結局、死後の世界は、死んだことがない人が言うからこそ存在し、信用ならないし、星は自分がいなくても存続する。もしかしたらまた、新しい全くの別人、別の意識で自我を持つかもしれない。もしかしたら性別も違うかもしれない。そう思うと安心できない。
また、人生が始まるのか?
死ぬのは逃げているというのを聞いたことがあるけれど、では、どうすればいいのだろう。誰かに話を聞いてもらえばすっきりはする。しかし、それで、自分以外の何が変わるだろうか。楽観はいけない。そんなのは自分だけが変わるのであって、外側は何も変わらない。資金の面では誰も助けてくれない。仕事も見付けてはくれない。無いものは見付けられない。絶望をわかっているほうが落ちるときの衝撃が緩やかだ。
だから、あまり動揺はしていない。心はいたって静かだ。その時が来ればきっと乱れるだろうが、まあその時はその時だ。
あらゆることを想定して、部屋や通帳の中身はそのままだ。本当に、何があるかわからない。私はわりと慎重だ。そうこうしているうちに着いてしまった。もう後には引けない。これで、最後にする。
採用枠が一人空く、食料が一人分生産しなくて良い、水も空気もごみも、あらゆるものの負担が少しだけ減るのだ。いいことではないか。
これはなかなかに大変だ、くっそ、腐っているな。これはだめだ・・・あれは細いし。
ああ、あれはいい。きっと大丈夫。
誰もいない。そういう場所を選んだのだから当り前だ。
止めてほしくはない。口ではなんとでも言える。あの一瞬で楽になれると信じて。
はは、手に、汗が。
まだ、縋ろうとしているのか。

彼女は仕事で来ていた。人を捜していた。こういった仕事はノス・フォールンという、人の考えていることを、感知することが出来る頭脳を持った人種が得意とするのだが、あいにく、彼女に回ってきた。
そこは鉄を含んだ土と岩でできた森林だ。かつての火山の周りに湖が五つあり、森林との壮大な風景が見られる観光地。正規の参道もあるが、今、彼女がいるのは別の入口。森全体は磁場が狂っているので、道を外れると出てこられなくなると有名だ。
公道から森林を見る。昼なのに樹の根元まで光が落ちていない。奇妙に静まりかえっている。生き物の気配がしない灰色の世界が、無限に広がっている感覚。
シヨウは踏み込んだ。公道が見えるところまでしか探さない、場所が場所なのでそういう契約。同行する知り合いもいなかった。見付からない場合、報酬はない。
彼女はゆっくり歩く。地面には樹が倒れ、腐っている。光が届かないので余計な雑草も生えない。枝を踏む音が響く。鳥の声もしなかった。上を見上げれば空が遠くに見える。ここが自殺の名所でなければ良いのに、と溜め息が漏れる。
そこで、彼女は目にした。
樹にロープを垂らし、
その輪に、首を今まさに、
くぐらせようとしている男に。
彼女は無音で近づく。見晴らしは比較的いいのであまり近づけない。しかし、男の背後の位置なので気付かれはしまいと、どんどん進む。もう隠れることができない所まで来て、しゃがむ。男の顔は確認できない。しかし、捜している人物ではなさそうだった。写真の男はもっと歳をとっていた。あの男はまだ若そうだった。
シヨウは見つめる。
覚悟せざるおえない状況、ここまで来るという決定的な意志。そんな人間に、何かを言って変えることが出来るのかも疑問だったし、そうしようと考えるほど、彼女は他人に熱心ではなかった。
人間だけが死を考える。人間だけが死を理解する。
もしここまで頭脳が肥大化しなければ自分は死ねたのに、と考える。
輪を掴み、首を通して、男は踏み台にしていた倒木から足を離す。もっと躊躇うものだと思っていたので、意外に早い決断にシヨウは見えた。
男がぶらさがる。ゆっくり揺れていた。
まだ、膝は曲がっている。手は輪を掴んだまま。
揺れて、揺れて、回り出す。
回る。耳の穴が見えてくる。頬、そして鼻。
こちらを向いた。
その眼はしっかりとシヨウを見ていた。
男の顔はまたあちらを向く。
そして、手を支点に、輪から顎を引いた。足は先程の倒木に届いていた。

死を覚悟する意思、実行する意志。本能に逆らう強大な理性。
この男でなくとも、世界では自殺者は多い。自分がいなければ確実に成功していた。この瞬間にも誰かが自ら死んでいるのに、ただ、場所が近いというだけで手が震える。汗腺から汗が吹き出るのがわかった。
掌を見ながら握って、開いた。呼吸を思い出す。
枝を踏む音が近づいた。逃げた方がいいかと一瞬考えたがもう遅い。シヨウは男を見据えた。男はまだ二十代といったところ。死を覚悟した人間が、どのくらい理性を失っているか見てみたかったが、普通の若者だった。色が濃い茶髪。見たところ元からの色のようだ。濃紺の服。ズボンは黒い。靴も履いている。
笑顔はさすがにまずいだろうと思ったので、真面目な顔。男はシヨウを一瞥した。
「お前、こんなところで何をしている?」
同志でないことはわかるみたいだ。口調もしっかりしている。
「いえ、ただの通りすがりです。す、すみません。お邪魔しました」
ゆっくりとお辞儀をした。とんでもない言い訳だったが間違ってはいない。
男とは反対の方向へ引き返す。
「あ、ちょっと、待ってくれ。君・・・」
シヨウは飛び上がるほどだった。死ぬために道連れを欲しがる人間もいるからだ。
彼女は眉をひそめる。今にも剣に手が伸びそうだった。
男は手を口に当てて何かを考えていた。
「君、私を殺す気、ない?」
「は?」
声が木霊した。
冗談で言ったのではないと、男の顔を見ればわかる。腰の剣に意識を飛ばす。
「えっと、待ってください。そういう理由で持っているわけではないので・・・」
「でも、やれるだろう?」
男は当り前のように言った。そして後ろを向き、地面に座った。
「出来れば一撃で」
一秒ほどの間。
「ちょっと待ってください。いえ、それは無理です。他の人に頼んでください」
シヨウは男の背中に向かって言った。
「なぜだ?」
彼は首だけを動かして言う。
「今なら誰も見ていない。大丈夫だ。私がいいと言っている。他殺体で発見されるがまあ、場所が場所だし、首はすぐ近くにあるし、すぐ身元はわかるだろう。あ、そうか。君に迷惑がかかるのか」
「はい、そうです。困ります」
「きちんと手続きすればやってくれるか?」
「ああ・・・それならいいですよ」
今度は男が止まった。
当事者二人と、二人の血縁ではない事情を知る第三者。その監視下で、殺し合いにまで達する決闘、自分なりのけじめ等、それを行うことが出来る。太古の儀式に沿った慣わしだ。それを星府が許可している。
しかし、実際は頼まれても誰も合意しない。監視すら辞退する。
「は・・・」男の息が漏れる。「正気?」
シヨウは目を細めた。
「いや、死ねるなら今すぐ死にたい。本当にやってくれるのか? その剣は飾りか?」
首を振る。
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン