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SORROW CURSE -序-

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早いもので、もう二年も経とうとしている。
 昨日のことのように思える、たった二年。
 生まれる人もあれば死ぬ人もある二年。

 
 
 山脈の中に、「バーヌ」という街がある。
 その昔は或る王国の都でもあったという。
 山が連なる中切り崩されたように台状になった山があり、周囲を山に囲まれ見下ろされながらも、それより低い山を見下ろすことができる。
 山脈の奥深くにあるにしては珍しいほど大きな町だった。
 様々な条件が重なった結果これほど大きな街が出来上がったのだが、そのうちの一つは伝説でもあった。



   ***


「宿屋は何処かご存知ですか?」
 栗毛の艶やかな毛並みをした馬を連れた青年が通りすがりの町娘を捕まえて尋ねる。
 その表情は温和で物腰がやわらかい。
 少々厚手のマントを前でしっかり止めて羽織っていて鎧が見え隠れした。
「馬をお連れなら、この通りを真っ直ぐ行って赤いレンガで出来たレストランを右手に曲がってすぐに有る”神馬”亭がいいですよ」
 青年に声をかけられて少し頬を染めた娘が指差しながら教える。
 その手に買ったばかりだろう、魚がなければ自ら案内したかもしれない。
「”神馬”亭……か。ありがとう、お嬢さん」
 投げキッスでもしそうな甘い表情で礼を述べると赤い顔の娘を残して歩いてゆく。
 「名前、聞けばよかった…」少しだけ娘は後悔する。
 青年の名は、サフェイロス。
 光の加減で金髪にも見えそうな淡い茶色の髪に、真っ青な瞳を持つ。
 体格のほうは鎧を身に着けていると良くわから無いが、重そうな鎧を着けて歩いている時点で予想はできるだろう。
 サフェイロスは、ついさっきこの街に入ったばかりだった。
 一週間以上山岳地帯を歩き続けている。
 途中途中に町や村はあったために野宿はしなくて済んだが、やはりこれほど大きな町は初めてだった。
 バーヌは昔王都にもなった程で大きな街道が交錯し、交易の一大中心地ともなっている。
 サフェイロスが通ってきたのはその中でも一番寂れた道だった。
 それが近道だったから。
 この街には暫く留まるつもりでやって来た。
 2年前の事件について、話を聞くためにわざわざ赴いたのだから。



 宿屋につくと、表に一先ず馬を繋いで荷物を持って建物に入った。
 外から見ても大きいが、中に入っても大きい。
 …特に、大勢の人がいなければそう思っただろう。
「何かあるのか?」
 フロントというほどは立派でない、入り口から直ぐのカウンターに立つこの宿屋の従業員に尋ねる。
「鎮魂祭ですよ…と言っても二回目ですけどね」
 台帳を取り出しながら青年が答えた。
「二回目…ってことは、二年前の?」
 出された台帳に、手渡されたペンで名前を記入しながら。
 少し癖があるが、はっきりとした字だった。
「ええ、そうです。当時、この宿も討伐隊の宿舎として貸し出されましたよ。……サフェイロス様…と。馬は裏の厩へ繋いでおきます。今部屋へご案内いたしますので少々お待ち下さい」
 青年が奥へ引っ込むと、端へよりながらも人の集まって話す傍まで寄った。
 先ほどの話なら、大体の客が鎮魂祭に来た者の筈だ。
「……ウチは夫と弟が討伐隊に参加したんですけどね、夫は……」
「あの時は驚きましたよ。山が吹き飛んだんですから…」
「本当にただの言い伝えだと思っていたけどなぁ…」
 聞こえてくる会話の内容は思っていたとおりだ。
 伝説が真実であったこと。
 真実であったがゆえに、起こった事件。
「騎士様も、ご友人のためにお参りですか?」
 そこに、ふと声をかけてきた女性がいた。
 年のころは30を越えたばかりだろうか。
 上品ではあるが、何処か影がある。
 影の理由は、ここにいて、サフェイロスにその質問をしたところからして一目瞭然だろう。
「まぁ、そんなところです」
 女性相手だと幾分物腰がやわらかくなる。
 女好きというわけではないが、一応フェミニストを目指している。
 なぜなら、騎士っぽいと思うから。それだけだ。
「それと、私は騎士ではありませんよ。『元』騎士です」
 マントの間から見える鎧は立派で騎士のように見えるが、現在この鎧を身に付けた者は騎士ではない。
 この騎士団は、既に消滅してしまった。
 それでも、生き残った騎士たちは誇りを持ってこの鎧を身につける。
 その女性がその意味を知っているとは思わなかったが、サフェイロスはマントの前を大きく開けて鎧を見せた。
 正確には、白を基調とした鎧の右胸に燦然と輝く金色のエンブレムを。
「そのエンブレムは……」
「タークシアン騎士団の紋章ですね」
 名を口にしたのは、何時の間にか女性の後ろから此方の様子を見ていたらしい男だった。
 年のころは30歳前くらいだろうか。
 隻腕だか、しっかりした体格だ。
「『あの方』の知りありですか?」
「『あの方』?」
 故郷の地では誰もが知っていた騎士団だが、この地方には余り縁が無い。
 そして『あの方』という発言から、知り合いでタークシアン騎士団出身の者がいるらしい…と。予測がついた。
「『呪竜退治』の英雄ですよ」
 『呪竜退治』とは、二年前の事件のことだ。
 この地は竜を狂わせる呪が働いているため竜は近寄らないとされて来た。これがこの地に人間がコレほど大きな町を作っていられる伝説の一つだ。
 しかし手負いの竜がこの地に迷い込んだ。
 二年前の事だ。
 手負いであったが故にこの地から逃れられずに狂ってしまい人間に害を成すようになり、大々的に討伐隊が編成された。討伐は成功。見事竜は倒されて平穏な生活が戻っては来たが、討伐の際に大勢が命を失った。
「『あの方』は、自分の命と引換えに竜を倒しました。俺は、『あの方』の指揮のもとその現場にいたんですよ…あの人がいなければ俺だって亡くすのが右腕だけで済みはしなかった…」
 男はそう言って、無くなった右腕の付け根をさする。
「そうか……竜退治で命を…本望だな」
 タークシアン騎士団は竜退治のために作られた騎士団だった。
 近隣諸国から人や資金が集められ、竜を倒すために作られた。
 歴史ある騎士団で、その教えも時間をかけて形成されただけあって重みがある。
 近年では一自治国家の様相も呈してきていた。
 その精神の基本は簡潔だ。
『竜を敬い、竜を拝し、竜に立ち向かう』
 タークシアンが向うのは秩序を乱し、人間に害なす竜だけだ。
 人間に悪人がいるように、竜にも邪竜がいる。
 それを倒すだけ。
 しかし、5年前に壊滅してしまった。
 その地は今も廃墟であり、騎士団を支えていた国さえも大きな打撃を受けて騎士団の再建などできる状態ではなかった。
 そのために、騎士たちの多くは世界へ散って、騎士団の役目を果たすために旅を続けているという。
 壊滅当時騎士になったばかりだったサフェイロスもそうだった。
 だから2年前の『呪竜狩り』にタークシアン騎士団の者がいても不思議ではない。
「『あの方』の知り合いなら、『あの方』の名前もご存知ではないですか?」
「……いや、騎士団の者が参加していただろうということしか知らなかったんだが……」
 そこで、フと思う。
作品名:SORROW CURSE -序- 作家名:吉 朋