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てっしゅう
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「哀の川」 第二十五章 乗鞍

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第二十五章 乗鞍

山岳地帯の夕暮れは早い。辺りが薄暗くそして風が出てきた。杏子は帰らないといけないと唇を離し、再び手を繋いで、来た方向へと歩き始めた。ペンションが見えてきた。そっと繋いでいた手を離し、別々に入口から中へ入り、ロビーで寛いでいる直樹や麻子の傍に座った。

「純一、どこまで行ってたの?」
「ダムだよ、とっても水が綺麗だった」
「杏子さんと二人で行っていたの?」
「そうだよ・・・なんで聞くの?」
「別に理由は無いわよ、仲が相変わらずいいんだなあって、感じただけ・・・」
「そうだよ、パパの姉さんだし、ずっと勉強とか教えてくれてきたんだもの・・・変な事考えないでよ!信用してないんだなあ・・・まあ、仕方ないけど」
「何が仕方ないのよ!反省しなさいよ。パパに言われたんでしょう?」
「解ったよ。心配しないで・・・それより温泉に入ったの?みんなは?」
「ええ、今美津夫さんたち家族で入っているわ」
「じゃあ、出てきたら一緒に入ろうよ!パパとママと三人で、ね?いいでしょ?」
「どうしたの?急に・・・パパはいいけど、ママは恥ずかしいわ・・・純一は大人なんだから」
「ハハハ、変なの。親子だよ、そんなこと気にしないから・・・ね、久しぶりに入ろう。昔はよく一緒に入ったじゃない。せっかくの温泉だし・・・」

杏子は傍で聞いていて、そうしなさいと、直樹に言った。笑いながら麻子にそうしようと促した。
美津夫たちが湯から出てきた。未来はおばあちゃんの膝に座り、冷たいジュースを飲ませてもらっていた。三人が湯の方に向かったのを見て、裕子が「あら、三人で一緒に入るの?素敵ね。パパも未来といつまで一緒に入れるのかしらね、フフフ・・・」と話した。苦笑しながら美津夫は、嫁に行くまで一緒に入るぞ!と返事した。みんなが笑って、それは絶対にありえないと答えたので、少しがっかりしてしまった。

風呂場は、硫黄の匂いがしていた。温泉なんだと強く感じられた。

京王プラザホテルから出てきた環は、何事もなかったように、颯爽として新宿の街中へ消えて行った。ジーンズとポロシャツに着替えて昨日の女らしい格好とは別人のように見えていた。環はみんなには内緒にしていたが、転勤の希望を出していた。この夏休みに実家のある茨城県日立市に帰ろうと決めていた。純一との出逢いはその思いの中で凝縮した形で強く現れてしまった。後が無い・・・時間が無い・・・その焦りが強引な誘いになってしまった。

昨日と今日は環にとって妊娠する確立が高い日でもあった。それも解っていた。当たり前に避妊をしなければならなかったのに、何故しなかったのか・・・その事も、自分には解らなかった。教師を辞める気持ちも出来ている。実家の母からも、帰ってきて家の仕事を手伝うようにいつも催促されていた。信頼できる跡取りを迎えて、父を安心させて欲しいとも・・・つまりは帰ったら両親が考えている男性を引き合わせ、結婚させられるとの思いもあった。

この年齢で再婚、田舎なので良い条件とはいえない。若い頃から身勝手を許してくれてきた両親へ今度はわがままが言えない。素直に従おうと、そう考えただけで、純一との時間は、最後の青春?になったと後悔はしていない。子供が出来ていたとしても、好きな人の思い出をずっと抱いて生きてゆける・・・そのぐらいに自分で覚悟をしていた。

上野を出た特急は東京での思い出を自分の土産にして両親が住む故郷へと飛ばしていた。窓の外に霞ヶ浦が見える、もう少しで日立に着く。「純一、黙って出てきてゴメンね。一番幸せだったよ、あの日の事は。きっとあなたの思い出が私の生きがいとなって生まれてくるわ。知らせないけど、遠くで見守っていてね・・・大好きだった、純一さん・・・へ」その手紙は、ポストに投函されていた。

ペンションの風呂場は意外に狭かった。湯船は岩とコンクリートで作られていて、二人入るのが丁度ぐらいだった。胸を押さえて麻子は恥ずかしそうに湯に入った。母親の裸を見て、純一は若いって感じた。

「ママ!綺麗だね。みんなが言うのが解るよ。パパは幸せだね・・・ハハハ、息子の僕が言うのも変かな?」
「純一ったら、見ているのね・・・だから恥ずかしいって言ったのに」
「そんな事言わないでよ、変な目で見たわけじゃないから・・・ボクのママだよ・・・」
「純一、女性は息子といえども男性から見られるのは恥ずかしいんだよ。せいぜい小学校までだよ、母親として恥ずかしく思わないのは」
直樹はフォローした。

「そんなこと無いよ!ずっと一緒に入っている友達は、女性だけど、パパも一緒に入っているんだよ!そんなの習慣だよ」
「へえ~そうなんだ。習慣・・・か。そうかも知れないなあ・・・」
「ママ!背中流してあげるよ、出ておいでよ」
「それこそ恥ずかしいから辞めて・・・」
「いいからいいから、早くここに座って!ママ!」

麻子は恥ずかしそうに言われるように座った。純一のやさしい手が背中を擦ってくれている。そこにいるのは男性ではなく、純一なんだと素直に思えるようになった。振り返って今度は純一の背中を流した。いつの間にこんなに逞しい身体になっていたのか・・・改めて男の純一にも触れた。麻子は自分の頬を純一の背中にくっ付けた。

「純一、あなたが生きがいなのよ・・・ママを心配させないでね」
「純一!ママの言うとおりだよ。頼むからな」
「うん、ママ、僕を生んでくれてありがとう。パパ、ぼくのママを幸せにしてくれてありがとう。これからもよろしくね、ちょっとひねてるけど・・・」
「純一・・・」麻子はその言葉の嬉しさに泣いてしまった。苦しかった前の結婚生活でのことが頭をよぎった。直樹との出逢いのことも溢れるように思い出された。この子はずっとそれを見てきたのだと、そう考えると、本当に成長したんだと感慨深く涙をさらに溢れさせた。

「ママ、泣いちゃ美人が台無しだよ!ボクのママは世界一綺麗でいて欲しいから・・・約束してね」
その言葉に、麻子は声を上げて直樹にすがりついた。幸せになると信じて不倫して、再婚した。もう誰にも自慢できる、そう真底感じた麻子であった。

ペンションの夕食は最近流行のイタリアンのコースメニューであった。パスタ好きの直樹と麻子はとても気に入っていた。夕食後にオーナーの観光名所案内と今までのお客様との思い出話などが披露された。このペンションで初めて知り合って、後日結婚して再び家族で訪れた人たちの話は感動した。人生は出逢いで運命が決まる、そんな想いを純一は抱いた。

由佳との出逢いは自分の運命だったのだろうか・・・
杏子との関係が自分の運命だったのであろうか・・・
環先生とのひと時が自分の運命だったのであろうか・・・

純一はすべてが今自分があることは、母と直樹との出逢いにあるとそう思った。母がもし自分を捨てて直樹の元に走ってしまっていたら、もしくは、功一郎が自分を離さなかったら、どうなっていただろうと考えた。年下であっても、直樹の真っ直ぐな母親への気持ちが、母を動かしたんだと。そしてなにより、女として愛していたことが直樹の素晴らしいことなんだとも。