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みえっぱり

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とある国のとある町に、絵描きの青年がいました。名前をシュウといい、風景や人物の絵を売って、貧乏ながらも元気に暮していました。ある日、いつものように、シュウは広場で絵を描いていました。今日はいい天気で天気も良く、次々に絵が仕上がっていきました。
「今日はいい天気だなあ」
 嬉しくてシュウはにこにこしながら言いました。素敵な絵がたくさん描けそうです。
 ふと、太陽が雲に隠れて、あたりが暗くなりました。
 そのとき、広場の向こうから、男性が歩いてきました。
 見たことのない男性でした。仕立てのよい服を着ていて、腹回りがでっぷりしていて、立派な髭が生えています。シュウはぽかんと口を開けて、男性を見上げました。
 男性は視線を気にせず、じろじろとシュウの描いた絵を見ていました。周りにおいてある絵を持ち上げ、近づけたり遠ざけたりしています。
 いったいこの人は誰なんだろう。気になってシュウは絵を描くことができません。
「この絵は、君が描いたのかい」
「はい、そうですけど」
 シュウはおずおずと答えました。
 男性は口髭を撫でてうなります。そして、イーゼルの前に置かれている、お客さん用の椅子に座りました。
「私を描いてくれるかね」
「はあ、わかりました」
 男性のやりたいことがよく分かりません。お客さんにしては、目つきがどうもおかしいのです。
 しかしシュウは筆をとり、素早く描き始めました。筆の調子がよく、気分もよかったので、すぐに絵は出来上がりました。
「これでいかがですか」
 シュウは男性に絵を見せました。
「ふむ……」
 男性はまた口髭を撫でました。もう一度絵を見て、それからにこりと笑いました。
「君、素晴らしいよ。いいものを持っている。私は絵を売り買いする画商でね、君の絵を買いたい」
「ええっ」
 思ってもみない言葉に、シュウはとても驚きました。いままでこんな風に、絵を褒められた上に、取引をしてもらえるようになるなんてありません。まさに夢のようです。
 すぐにシュウはうなずきました。
「それはよかった。嬉しいよ。これからよろしく頼む。ああそれと……もう一ついい話があるんだが……、聞くかね?」
 ないしょ話をするように、画商はずい、とシュウに顔を近づけました。
 丸い顔のあたりから、何とも言えない臭いが漂ってきます。香水でしょうか。きつい臭いに鼻が曲がりそうでした。
 それでもシュウはうなずきました。
「私の言うとおりに絵を描けば、もっと儲けることが可能なんだが……、どうする?」
 目の前にある画商の目は、白目が見えず真っ黒でした。どこまでも吸い込まれていきそうです。
 シュウはその目から視線を逸らすことが出来ず、またしてもうなずくのでした。




「私が見る限り、君はあらゆる画風の絵を器用に描くことができるようだ。だから、いま流行しているほかの絵の、いいところを真似してそのまま絵に描いて御覧。きっと人気がでるから」
 画商が言ったので、シュウはさっそく人気のある絵を勉強しました。結果、いま人気のある絵には、どれも同じ要素が含まれていることが分かりました。それをもりこんだ絵を描けばいいのです。シュウにとってはとても簡単なことです。絵は次々と仕上がっていきました。
 シュウはもともと、絵の技術については素晴らしい才能が有りました。いままで人気の画家になれなかったのは、技術に頼る絵ばかり描いて、みんなが見たいと思う絵を描けなかったからでした。
 しかし画商のおかげで、もうあんな貧しい生活からはおさらばです。シュウは絵を描いては画商に売りました。
 人気の要素をたくさん盛り込んだ絵は、瞬く間に人気が出て、値段もどんどん上がっていきました。
 誰かから褒められることが大好きなシュウは、嬉しくてたまりません。もっと褒められたい、評価されたいと、画商の言うとおり絵を描いていきました。
 そしてシュウは数か月もしないうちに、国で一番人気のある画家になりました。名前を知らない人はいませんし、シュウが息抜きに描いたらくがきにすら、高い値段が付きました。
「どうだい。私の言うとおりになったろう。君のわざはすばらしい!」
売上金をシュウに渡しながら、画商がにやりと笑いました。はじめて会ったころよりも、一回り腹が大きくなっていました。
「はい! ありがとうございます! あなたのおかげです!」
 数か月前では考えられないような立派な服を着て、シュウが答えました。
 心のどこかでちりちりする気持ちがありましたが、それをおいやるほど今の生活は素晴らしいものでした。もとの生活に戻るなど考えられません。
 画商の言うとおり、人気の絵をまねて、上手く見えるようにシュウの技術で絵を描いていきました。



 そんな生活が続き、数年が経ちました。
 シュウは久しぶりに、昔の絵描き友だちに会いに行きました。
 友だちの名前はキサといい、昔シュウとともに絵を学んだ仲間でした。いまでも絵を描いていて、少し前のシュウと同じ貧しい暮らしをしているようでした。
「やあ、キサ。元気かい?」
「ああ、なんとかね」
 シュウが元気に言うと、キサはあまり元気がなさそうに言いました。
 キサのが暮らす部屋は、ごちゃごちゃと画材にあふれていました。どれも使いこまれており、くたくたになって色あせていました。なんともさみしい部屋です。
 キサはシュウを迎え入れたあと、特に何か相手をすることもなく、また絵を描き始めました。昔からそうです。お客さんがきてもお茶ひとつ出さない人でした。
 シュウは後ろからキサの絵を眺めました。
 キサの絵はとても独特でした。よく人物を描くのですが、ふつうならあり得ないところに目や手があったり、頭身がぐちゃぐちゃだったり、奇抜な色の組み合わせで肌やかみの毛を表現したりと、やりたいほうだいでした。
 昔から変わらないキサの画風に、シュウは安心しました。ちょっと奇妙ですが、シュウはキサの描く絵が好きでした。
 ふと、シュウは絵を描いているキサの、妙に白くて細い腕が気になりました。
「キサ、絵は売れているかい」
「……ぼちぼちだね」
「ちゃんと食べているのかい」
「まあ、死なない程度には」
 ぽつぽつと言葉を返すキサの声は、張りがなくか細いものでした。
 シュウはだんだんキサが心配になってきました。
 昔のキサは今とちがって、とても大きな体をしていました。絵描きではなく、格闘選手になるのを勧められたほどです。今のキサは、妙にひょろながく細くて、目だけが大きくぎらぎらと輝いていました。
 みんな貧乏が悪いのです。
 以前のシュウも、あのままの生活をし続けていたら、こうなっていたのでしょうか。
「ねえ、キサ。ちゃんと食べないといけないよ。腕がそんなに細くなっているじゃないか。ぼくの力でも折れてしまいそうだよ」
「………」
 キサがふり返って、こちらを見ました。
 目だけが鋭く、シュウを突き刺すようです。
「そうだ、いいこと思いついた。ぼくがキサを支援してあげよう。それならキサも安心して絵が描けるよね。ぼくもっとキサの絵が見たいんだ。貧乏にその才能が負けてしまうなんて、もったいないじゃないか」
「………」
作品名:みえっぱり 作家名:鷲家炉七