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茶房 クロッカス 番外編

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『茶房 クロッカス』
 その店は私にとってはオアシスのような店だった。
 仕事で疲れて帰る途中、その店のマスターが淹れてくれるコーヒーを一杯飲むだけで、その日のストレスがずいぶん軽くなるような、そんな気がした。
 次第に毎日通うのが日課になり、マスターの人と成りを見るにつけ、その人間性に惚れてしまった。

 もちろん私は男だが、男が男に惚れると言っても変な意味ではない。純粋に彼の人柄に惚れたのだ。
 この店にほとんど毎日のように通うようになると、その店を訪れる他のお客さんたちのことも自然に分かるようになり、彼と彼らとの会話を聞くとはなしに聞いていた。

 そして、そんなお客さんに対するマスターの言動の一つひとつが私にはとっても魅力的に写り、書かずにはいられなくなった。
 毎日店に行くたびに、マスターにその日のこと、前日のこと、店でのこと、店の外でのこと……マスターの恋愛についても、とにかくありとあらゆる色んなことを聞きまくった。
 それでもマスターは嫌がらずに何でも話してくれた。にこやかに。
 そしてそれらを私は、家に帰るとせっせとパソコンの文章作成ソフトに入力していった。

 そうしてようやく最後まで書き終えて、ある出版社に持ち込むと、意外なことに本になることになった。
 私は世間の人にマスターという人を知って欲しかった。
 それだけの思いで書き綴ったものが本に……。
 当初は自分でも信じられなかったが、今は本当に良かったと思っている。

 ただ一つだけ問題が……。
 それは、このことを肝心要のマスターにまだ話せていないってこと。
 さて、どうしよう――。
 そんなことを考えながら、いつものようにクロッカスを目指して歩いていたら、店の前に幼稚園バスが止まるのが見えた。