小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
よもぎ史歌
よもぎ史歌
novelistID. 35552
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

明智サトリの邪神事件簿

INDEX|9ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

這い寄る混沌


 地上に上がり隠れ家を出ると、外はもう真っ暗だった。
 わたしたちは周囲に敵がいないことを確認すると、牢屋で待っていた芳枝さんたちを誘導し、広間に連れてきた。
 気がついたら、ピッポちゃんが何かをガツガツ食べている。
 って、それアトラク=ナクアの脚じゃない!
「ピ、ピッポちゃん! そんなもの食べちゃだめだってば~!」
 邪神にでもなったらどうするのっ。
 まあピッポちゃんも、十分正体不明な生き物ではあるんだけど。
 崩れた地獄の中を、恐る恐るみんなが進んでいく。
 広間中に転がっている、人体の部位。そのすべてが本物の人間のものだったのかどうか……わたしは確かめる気にもなれなかった。
「……あの人は一体……なんでこんなこと……」
「確かに邪神は人智を超えた、恐ろしい存在だ。しかし、邪神よりも……人間の心のほうが、恐ろしいと思うときがある。あの男は邪神と合体して、気が狂ったのではない。もとからあのような殺人芸術を望んでいたんだよ。そして、誰かに『力』を与えられた……。何者かが邪神を人間に融合させ、怪人に仕立て上げているんだ」
「そ、そんなこと……一体誰が……?」
「待て、誰かいる」
「え……?」
 広間の出口辺りに、さっきはいなかった人影が見える。きょろきょろと周りをうかがっているようだ。
 わたしたちの後ろにいた芳枝さんが、突然叫んだ。
「姉さん!?」
「え……絹枝さん!?」
 確かに絹枝さんだ。絹枝さんはこちらに気付くと、歓喜の声を上げた。
「ああ、芳枝……! 無事だったのね……!」
 姉妹はどちらからともなく駆け寄る。
 そのとき、突然銃声が響き──
 絹枝さんが倒れた。
「え……」
 芳枝さんは目の前で何が起きたのかもわからず、呆然としている。
 わたしが後ろを振り向くと──銃口を向けた先生がいた。
「せ……先生……!? な、な、何やって……」
 なんで、絹枝さんを。
 頭から血を流して倒れている絹枝さんに向かって、先生は言った。
「困りますね絹枝さん。私は自宅で待ってるように言ったはずですが……」
 すると──撃たれたはずの絹枝さんは、そのままクスクスと不気味に笑い始めた。
「う、うそ……!?」
 彼女の笑い声は大きくなっていき、その額からは滝のように黒ずんだ血が噴き出していく。
 それを見て芳枝さんは気を失い、他の婦人たちも恐怖してその場から一斉に離れてしまった。
 黒い血だまりに浸かった絹枝さんは、真っ黒な影のようになると、やがてぐにゃぐにゃと何かの姿をかたどっていく。
 影の中から現れたのは──少女だった。わたしと同い年くらいの……。
 小さなシルクハットを被り、顔の上半分は仮面で覆われ、漆黒のドレスを身にまとっている。西洋のおとぎ話から出てきたような、現実味のない姿だった。
 彼女が優雅な手つきで仮面を取ると、お人形のように白くて綺麗な顔が覗いた。
 だけど……爛々と赤く光る双眸は、まちがいなく人間のものではなかった。
「あ……あ………」
 わたしは心の奥底から沸き起こる得体の知れない恐怖で足がすくみ、その場にへたりこんでしまった。ピッポちゃんも私の足元で震えてうずくまっている。
「ごきげんよう、明智君」
 少女は先生に向かい、優雅にスカートの裾を持ち上げ、西洋式のおじぎをした。
「……久しぶりだね、『怪人二十面相』」
 先生は表情を変えずに答える。意外にも、二人は顔見知りのようだった。
「いやあ、ボクの変装を見破るとはさすがだねえ。いつから気付いたんだい?」
「蜘蛛男に捕まったときだよ。彼は誰であろうと店の中に入れることさえできれば、悲鳴をあげさせる隙もなく捕らえることができる。里見絹枝は芳枝と瓜二つだ。芳枝を捕らえた彼が彼女を放っておくわけがない。彼は訪ねてきた絹枝を私たちと同じように店内に招こうとしただろう。妹に会わせると言ってね。しかし彼女は店には入らず引き返した。入れば彼に捕まると知っていたからだ。蜘蛛男は後で彼女を我が物にするため、監視の蜘蛛を付けたのさ。そして絹枝はその蜘蛛をあえて放置したまま、私の事務所にやって来て、情報を提供した」
「そ、そんな……」
 事務所でわたしたちと話した絹枝さんは、偽者だったなんて……!
「本物の絹枝は、そもそも芳枝が美術店に行った事すら知らなかったんだよ。知ってたらすぐ美術店に行ってるし、そのときに捕まっているはずだからね。芳枝の写真は、君が警官に変装して絹枝から入手したものかな」
「ハハハハ、よくできました」
 二十面相は薄ら笑いを浮かべながら鷹揚に拍手して見せた。
 でも、絹枝さんに変装してまでして情報をくれたってことは……この子はわたしたちの味方ってことなの?
「……一つ聞きたい。 二十面相君、君の目的はなんだ? なぜ人々を怪人にするんだ。『這い寄る混沌』の名の通り、帝都に混乱をもたらすためか?」
「フフフ……人には誰しも夢がある。ボクは人々が夢を叶えるお手伝いをしているだけなんだよ。今回もささやかな夢を持っていた男に、力を与えてあげただけなのさ」
 怪人二十面相は堂々と、とんでもない事を言ってのけた。帝都の怪人は、みんな彼女が生み出しているってこと……!?
 それに……あんな犯罪のどこが「ささやかな夢」だというのか。
「そしてわざわざ私に通報して、その夢を潰させるというのか?」
 稲垣氏は二十面相によって怪人になったけど、結果的には二十面相によって破滅してしまった。
 彼女の行動は筋が通っていない。
「ハハハハ、いやいやなかなか面白い見世物だったよ。この帝都は、ボクにとっては劇場みたいなものなんだ。君達は舞台の上で死ぬまで踊って、せいぜいボクを楽しませてくれればいいんだよ、ハハハハ……」
 二十面相はなんら悪びれた様子もなく、無邪気に笑っている。
 ひどい……。
 この子は帝都の人々の命をもてあそんで、楽しんでいるんだ。
「まあ、今回の彼はうまくやっていたほうだよ。大抵は邪神の力に耐え切れず、すぐ壊れちゃうからねえ。『この娘』のように!ヒャハハハハ……!」
 二十面相は自分自身を指して、哄笑を上げた。
 どういう意味? 彼女は何を言って──
「き、貴様ああ!」
 先生が声を荒げて、二十面相に走っていく。あの冷静な先生が……!?
 先生は右腕を構えて剣を出そうとするが、二十面相を目の前にして固まってしまう。
「ん……? どうした明智君、斬らないのか?」
 二十面相は余裕の笑みを浮かべ、先生を見下す。
 突然、彼女のドレスの袖やスカートの中から何かが飛び出した。それらは瞬く間に先生の身体中に巻きつき、動きを封じる。
 黒い縄……? それにしては体の一部のように、ぬらぬらと蠢いている。
 あれは「触手」だ。イカやタコの脚のような。
 二十面相はそのまま先生の身を自分に引き寄せる。
「せ……先生……っ!」
 先生が危ないのに。早く助けなきゃいけないのに。
 わたしは腰を抜かしたまま身動きができず、ピッポちゃんを操ることもできなかった。
「まだ忘れられないのかい?」
 二十面相は先生の顔を見つめて、その頬を両手でなでるように包む。
「……かわいいわね、サトリ……」