小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
よもぎ史歌
よもぎ史歌
novelistID. 35552
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

明智サトリの邪神事件簿

INDEX|7ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

地獄


 廊下を出ると、円形の広間に出た。まるで何かの展覧会のように、石膏像のジオラマが一面に広がっている。
 だけどそれは……とても見世物にするようなものじゃなかった。
 血の池地獄、熱湯地獄、針の山、剣の山、業火の焔……様々な地獄の責め苦の名を冠したジオラマは、無数の悶え苦しむ裸婦像で表現されていた。作り物とわかっていても、あまりに凄惨な光景で、とても直視なんてできない。
 先生はそれらを興味深げに眺めながら、堂々と歩いている。わたしはいつのまにか、震える手で先を進む先生の肩を掴んでいた。
「み、店にあったのと全然ちがいますね……」
「こちらが本性だろうね。なかなかいい趣味じゃないか」
「そ、それ本気で言ってるんですか……?」
 確かに、猟奇趣味っていうのは最近の流行だけど……さすがに女子供のわたしには理解できないし、理解しちゃいけない世界だと思う。いや、それを言ったら先生もなんだけど……。
 部屋の中には通路らしい通路はなく、ジオラマの中を像の合間を縫って進んでいくしかない。足元にも像が這いつくばっていて、気持ち悪いし歩きにくいし……。そんな中先生は小柄なせいもあり、ひょいひょいと先に進んでいく。
「ま、待って先生……!」
 こんなところに置いていかれたら、それこそ地獄に落ちた気分になってしまう。
 慌てて走ると、ドンッと台の上の像にぶつかった。ぐらりと像が倒れ、床に落ちる──
 静寂の中に、耳を裂くような音が響き渡った。
 あああ、やっちゃった! せっかくコソコソ進んでたのに、もう気付かれても仕方がない。
「小林君……」
 先生が非難の眼差しを向ける。
「す、すみませんっ……!」
 わたしが何度も頭をペコペコしてると、先生は何かに気付いたらしく、床にしゃがみこんだ。そして粉々になった像の破片を拾いあげ、ジッと見ている。
「どうかしたんですか?」
 わたしもつられて、しゃがんで破片を拾い上げる。
「あれ……?」
 暗くてよくわからないけど、像の破片は外側は硬く、中はぐにゃっと柔らかい。どうやら石膏の内側は別の素材らしい。先生は破片の断面に舌を入れ、ペロペロ舐めていた。
「ちょ……せ、先生!?」
 さすがにそれは、危ないんじゃ……。やがて先生は破片から口を離すと、言い切った。
「これは……本物の人肉だ」
「ひゃあああー!」
 わたしは思わず破片を放り出した。
 う、うそ、ま、まさか、本物の、人間の体……つまり、し、死体を、石膏で包んだモノだったなんて。
 わたしは息を飲み、震えながら周りを見回す。部屋中に乱立する他の像も、そうなのだとしたら。
 一体、何人の死体に囲まれているのだろうか──
「は、あ、あ、う、あ、」
 視界が滲む。わたしはただ、無我夢中で先生に抱きついた。
 先生はそんなわたしに呆れて、ため息をついた。
「しっかりしろ、小林君。震えてる場合じゃないぞ」
 先生は立ち上がり、奥の扉を睨む。
 遠くに誰かの靴の音が響いている。それは次第に大きくなり──やがて力強く扉を開き、あの蜘蛛男が出てきた。
「誰だッ! そこで何をしているッ!」
 ここではもはや隠す必要もないのか、堂々と蜘蛛の顔をしていた。
「な……!?」
 蜘蛛男はわたしたちを見つけると、言葉を失った。なにしろ大人だったはずの先生が、子供になっているのだから。
 先生は蜘蛛男に向き合い、帽子を上げて言った。
「残念だったね。あれは私の変装だよ。女を見る目がまだ甘いな」
「貴様……ただのガキではないな……。だが何者だろうと……私の殺人芸術を邪魔する奴は許さん……!」
 わたしは情けなくも、先生の後ろに隠れていた。先生はその場から逃げようともせず、毅然とした態度で。
「像を作りたければ勝手に作ればいい。だが生身の女を像にする必要はないだろう」
「フッ、しょせん人の作った空想の産物など、本物の美しさにはかなわないのだよ」
 先生はそれを聞いて、突然嘲ったように笑った。
「ハハハハ、本当にそうかな。君の腕が悪いだけじゃないのか? それともやはりただの××××か」
「……このガキ、言わせておけば……!」
 蜘蛛男は両手を突き出し、さっきと同じように糸を出そうとする。しかしそれよりも早く、先生はピストルを抜いていた。
 銃声がけたたましく響く。
 顔に数発の銃弾を受けた蜘蛛男は、そのまま後ろへ吹っ飛んで倒れた。
 先生は彼に銃口を向けたまま立ち尽くしている。
「せ……先生……? 終わりました……?」
「いや……これからだな」
「え──」
 蜘蛛男はゆっくりと起き上がってくる。やっぱり、怪人の生命力は普通じゃない……!
「こ……こんなところで、死んでたまるか……」
 先生は引き続き、蜘蛛男に容赦なく弾丸を浴びせる。
「ようやく……力を手に入れたのに……」
 しかし彼は体中を撃たれても倒れず、逆にじわじわとこちらに近づいてくる。
「そうだ……俺は力を手に入れたんだ……人間を超えた『怪人』になったんだ‥‥!」
 そして天を仰ぎ、叫んだ。
「神よ! 我にさらなる力を──ヴッ! ウ、ウブウゥウ!」
 蜘蛛男の全身が、急激にブクブク膨らみ始めた。服が弾けとび、全身が黒い毛で覆われていく。あまりにおぞましい光景に、わたしは思わず吐きそうになる。
 やがて頭を残して風船のようになった体から、血やら内臓やらを噴き出して、何かが次々と生えてきた。
 ──脚だ。太く大きい、蜘蛛の脚。先端の鋭い爪が床を砕く。
 いつのまにか怪人は、巨大な蜘蛛の怪物になっていた。中途半端に人間の形を留めた顔が、かえって嫌悪感を催す。
「ギギキギキキギギキキギギ……!」
 大蜘蛛の甲高い産声が、広間の空気を揺るがした。
「ひ、ひいいっ……!」
「やはり蜘蛛の支配者『アトラク=ナクア』か」
「な、なんですそれ!?」
「地底でひたすら巣を作っているという『邪神』だよ。こんなところに呼び出され、あんな男と合体させられ……さぞかしご機嫌斜めだろうね」
 邪神。
 この地球上に人間よりずっと前から存在する、強大な存在。その多くは人知れず眠りについていたけど、彼らは徐々に目覚めつつあった。
 帝都に現れる「怪人」の正体は、邪神やその配下の種族が、人間と同化したものなのだと先生は言っていた。
 今、わたしたちの目の前に復活した邪神の一柱──アトラク=ナクアは、その場で狂ったように脚を振り回し、あれだけ精巧に作ったジオラマを、惜しげもなく破壊している。
 裸婦像はバラバラに砕かれて、手が飛ぶ。足が飛ぶ。頭が飛ぶ。わたしは生きながらにして、地獄の光景を目の当りにしているようだった。
 そして獄卒はこちらに気付くと、亡者の残骸を踏み砕きながら向かってきた。
「気をつけろ小林君。我を失った奴は見境ないぞ」
 そう言って先生は銃撃を続けた。
 どのみち、こんな怪物が外に出たら大変なことになる。わたしも先生を手伝わなきゃ!
「ピ、ピッポちゃん!」
「ピッポー!」
 わたしが合図すると、ピッポちゃんは果敢にもアトラク=ナクアを目指して飛んでいく。
 しかし、先生の銃撃も、ピッポちゃんの爪も、足止め以上の効果がない。