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砂金 回生
砂金 回生
novelistID. 35696
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トレーダー・ディアブロ(9)

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二〇一〇年 十一月 六日

「それでは、あなたも、なぜ西京が特殊部隊に襲撃されたか知らないのですか?」
 八田荘司はホルヘ・グレリアに聞いた。
 既に太陽が太平洋に向かって傾いており、パロス・ベルデスの夕日がグレリアのリビングをオレンジ色に染めていた。
「そうだ。だから俺はメディアの連中に西京の事を話せなかったのだ。情けない話さ。俺はあいつの一番近くにいながら、あいつが無実だという証拠を何も持っちゃいなかった……。それどころか、俺はあいつの事を何も知らなかった事を思い知らされたのさ。だから、俺も唯一の情報源であるアメリカ合衆国社会保障局の発表を信じるしか無かった」
「その発表によれば、大量破壊兵器を保持しているとの情報を得たロサンゼルス郡の特殊部隊は、西京宅に強制捜査を行った。そして、彼らは西京が隠していた大量破壊兵器を発見した。しかし、西京が抵抗した為、彼は射殺され、彼が抵抗した際に大量破壊兵器が誤作動を起こし爆発した」
「ああ。悔しい事に、あの時の状況は社会保障局の発表の内容と一致している。しかし、俺は信じている、あいつはテロリストなんかじゃない」
「だからあなたは、西京がいなくなった後も、ご自身でニューワールドの運用を引き継がれたのですね?」
 八田のこの質問に、グレリアは答えなかった。しかし、グレリアの話を聞いていた八田には理解が出来た。
 グレリアは西京が殺害された後、たった一人でニューワールドの運用を引き継ぎ、トレードした。だが、毎月総資産の五パーセントの支払いが生じるファンドである。普通の人間が運用出来る物では無かった。当然、そのファンドは破綻する事になる。しかし、彼は西京の死後一年半もそのファンドを存続させ、自分の財産を切り売りする事で投資家の損失が無い様にファンドを終了させた。
 恐らくグレリアは、西京を金融の世界に誘った自分に責任を感じていたのだろう。
「だが、俺は自分の財産を手放した事で、女房子供にも逃げられた。今でもその決断が正しかったのかどうかは分からない。でも、俺はこの一年半、俺のやれるべき全ての事をやったよ。そう、全てな……。今の俺には、何も残っちゃいねえ」
 グレリアはクククと力無く笑った。
 彼の持っているジャックダニエルの瓶は既に空になっていた。
 八田はグレリアが酔っている事もあり、これ以上取材が出来ないと判断した。
 彼はグレリアにお礼を述べて彼の家を出る事にした。
 八田の去り際にグレリアは言った。
「頑張れよ、ポンハ……!」
 八田は深々と頭を下げて彼の家を後にした。
 彼の胸は熱く燃えていた。
 やはり、西京育也はただのテロリストではなかったのだ。
 彼は西京が起こした一連の事件のスケールの大きさに震えた。西京と同じ日本人である事が、八田には誇らしく思えた。
 彼はグレリアの自宅の前に停めてあったレンタカー、フォード・マスタングに乗り込んだ。
 しかし、彼がフォードのエンジンを掛けた所で、ふと、彼はグレリアの自宅の方を振り返った。なぜ、彼は今まで誰にも話さなかった西京の話を自分にしてくれたのだろうか……。
 彼は力無く笑っていたグレリアの表情を思い出した。
「まさか……な……」
 八田は首を振ると、ハンドルを切ってグレリアの家の敷地から出た。
 グレリアの様子は気になったが、彼にはやらねばならない事が出来た。まずは西京が資金を捨てたスラム街の調査だ。そして、それが終われば、西京を襲撃した特殊部隊の人間にインタビューを申し込む……。時間はいくらあっても足りない。
「待っていろよ、西京! 俺が無実を証明してやる!」
 八田の乗ったフォード・マスタングは夕日に向かって消えて行った。

   ※

 八田が帰った後、グレリアは一人家具のないリビングの窓から太平洋に沈む夕日を見ていた。
「ディアブロ、お前の目指したニューワールドとは、一体何だったんだ?」
 グレリアは夕日に尋ねた。
 夕日は何も答えてはくれない。それは静かに水平線に沈んで行く。
 彼はソファーのクッションを捲ると、そこに置いてあった物を拾った。
 それは、M三十六、小型の回転式拳銃である。
 彼はそれを右手で握ると、自分のこめかみに当てて撃鉄を親指で引き起こした。
「今の俺には何も残っちゃいねえ」
 彼はボソリと呟いた。
 グレリアはこの一年半のトレードで、身も心も疲れ果てていた。今日、八田にこれまでの経緯を話した事で、最早彼に思い残す事は無かった。
 彼は夕日を背に、震える指をトリガーに掛けた。
 そして、彼がトリガーを引こうとした、まさにその時だった。
 彼の携帯電話が鳴ったのだ。
 それは、彼のシャツのポケットに入っていた。自己破産の申請が終わって、来週で契約が切れる携帯電話である。この携帯電話があったから、彼は八田のインタビューの申し出を受ける事が出来たのだ。
 彼は一旦、拳銃をこめかみから離して、左手で電話を取った。
「はい……」
「久しぶりだな、ホルヘ……」
 電話の相手の声を聞いた瞬間、グレリアの目が大きく見開かれた。彼の携帯電話を持つ手に力が入る。
「な……、お前、どうして?」
「実は、俺のトレード用のコクピットには、射出座席が装備されていてね。ほら、戦闘機のパイロットが脱出する時に使うやつさ。それを使って、なんとか脱出出来たって訳だ。特殊部隊の連中に見つからずに岸まで泳ぐのは大変だったが……。まあ、水泳の練習をしていて正解ってとこかな」
 電話の相手は事も無げに話した。
 グレリアは生唾を飲み込んだ。
「それよりホルヘ、すまなかったな。あんたにニューワールドの尻拭いをさせちまった。そろそろメデイアの連中もあんたの周りからいなくなった頃だと思ってな」
 グレリアの目から涙が溢れた。
「お前……、な、何を言ってやがる。連絡をよこすのが遅過ぎだ……! 俺がどれだけお前の事を心配したか……」
 グレリアの声は涙声となり、上手く話せなかった。
「すまない、ホルヘ。どうしても、俺が生きている事を知られたくなかったのだ。でも、あんたのお陰で準備が出来たよ。それより、覚えているかい? 俺があんたに行った言葉を……。俺はあんたの悪い様には絶対しない。どうだい? 俺と一緒に世界を変えてみる勇気はあるか?」
 電話の相手は、また事も無げに言った。
 しかし、グレリアは分かっていた。この男は本気で世界を変えようとしているのだ。
「フン……。こうなったら、とことんお前に付き合ってやるぜ、このディアブロが!」
 グレリアは電話の相手に叫んだ。
 そして、その電話が終わった時、彼は右手に持っていた拳銃を、窓から眼下に広がる太平洋に向かって放り投げたのだった。