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砂金 回生
砂金 回生
novelistID. 35696
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トレーダー・ディアブロ(8)

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二〇〇九年 三月 十八日

 西京育也は、パロス・ベルデス市にある会員制スポーツクラブから出て、駐車場を歩いていた。
 彼はトレードをした日は、このスポーツクラブに行って、プールで一キロ程泳ぐのが日課になっていた。
 西京は別に泳ぐのが好きという訳ではなかったが、日々プールに通っては一人で黙々と泳いでいた。彼が余りにも真剣に泳いでいるので、他の会員も彼が泳いでいる間は声をかける事が出来なかった程だ。
 彼はプラダスポーツの黒のリュックを片方の肩に掛けて、夜空の下を歩いた。
 シャワーを浴びたばかりの髪が、夜風でサラサラと靡いた。
 すると、不意に車のクラクションの音がして、彼はヘッドライトに照らされた。
 いきなりヘッドライトを浴びた彼は、迷惑そうな顔をして、車の方を伺った。
 そこには黒塗りのキャデラック・ドゥビルがエンジンを付けたまま停まっていた。窓はフルスモークで、一目見ればそれが一般車でない事が分かる。この国でフルスモークのセダンに乗っているのは、マフィアか政府関係者だけだ。
 彼がその車両に近づくと、後部座席のウィンドウが開き、初老の男が声をかけてきた。
「西京育也君だね?」
「ああ、そうだが……」
 西京が返事をすると、後部座席のドアが開いた。
「乗りたまえ」
 西京は一瞬躊躇ったが、結局車に乗り込んだ。
 ここは高級スポーツクラブの駐車場だ。万が一彼が拉致される様な事になっても、駐車場に残っている彼の車と、駐車場の監視カメラの映像から、すぐに犯人は分かるだろう。相手が誰であれ、こんな所で変な真似をするとは思えなかった。
 彼が革張りの白いシートに腰を下ろすと、初老の男はニッコリと笑って握手を求めてきた。
「私の名はエリック・ジョイナー。アメリカ合衆国社会保障局の資産運用部部長だ」
「西京育也だ……」
 西京は握手には応えたが、ジョイナーという男の笑顔には応えなかった。先日のグレリアの話で、彼が何をしに来たのかは、察しがついている。
「こんな所で済まないね。どうしても君と二人きりで話がしたかったのでね」
 ジョイナーは済まないと口で言ってはいるが、謝っている素振りは微塵も見せない。
 彼は白髪をオールバックにセットして、彼の体にピッタリと合うスーツを着ていた。一点物のオーダーメイドスーツだろう。
 彼は政府関係の高官が持つ独特の風格を持っていた。
「実は、今日は君に頼み事があって来たのだ」
 ジョイナーは足を組んで切り出した。
「頼み事?」
「そうだ。聞く所によると、ニューワールドのトレードは、信じられない事に、君一人でやっているそうじゃないか。それは本当かね?」
「あんたがここに来たという事は、全て調べがついているんじゃないか?」
「フ……、そうだな。ニューワールドの市場への注文はたった一つの口座からされている。つまり、君の口座だ。しかし、それが君一人の手で行われているという確証は無い。我々も全てを知り得る訳ではないのだよ」
「あれは俺一人がやっている事だ。他の者には一切関与させていない」
「そうか。君はあのグレリアに悪魔(ディアブロ)と呼ばれているそうだが、なるほどね……、あのトレードを一人でやっているとは、驚きだよ。君のその力を見込んで頼みがある。君に我らがアメリカ合衆国の年金の運用をやって頂きたい。知っての通り、我が国は大きな財政赤字を抱えている。まあ、今のご時世、何処の国も似た様なものだが……。このままの状態が続けば、近い将来、我が国は財政危機が起こり、今まで我が国を支えてくれた国民に年金を支給する事がままならなくなる。そこでだ……、君に我が国の年金の運用をやってもらいたい。これは、非常に名誉な事だよ。そう思わんかね……? 君一人の手に、アメリカ合衆国の未来を委ねようと言うのだから。君は、アメリカ合衆国を救うヒーローとなる資格を得たのだ……!」
 ジョイナーはゆっくりと低い声で話した。
 西京は黙って彼の話を聞いていたが、ヒーローという言葉を聞いて鼻で笑った。
「フン。如何にもアメリカ人が喜びそうな発想だな。残念だが、ミスタージョイナー、俺はアメリカ一国のヒーローになるつもりは無い」
 西京はきっぱりと言った。
 その答えを聞いて、今度はジョイナーが鼻で笑った。
「フン。アメリカ一国のヒーローだと?よく考えるんだ、この国でヒーローになるという事は、即ちそれは世界のヒーローになるという事だ……!」
「それはアメリカ人の考え方だ。俺は違う」
 西京は首を振る。
 ジョイナーは大きなため息を付いた。
「では、仕方が無い。頼み事はここまでとしよう」
 ジョイナーは残念そうな顔をしたので、西京は一瞬ほっとした。これで、彼の話は終わりだと思ったのだ。
 しかし、ジョイナーは傍らに置いてあった封筒から写真を数枚取り出し、それを西京に渡して続けた。
「これからの話は忠告だと思って聞いてくれたまえ」
 西京は渡された写真に目を通した。
 一枚目は中国のハルビンを上空から写した物だ。それが、二枚目、三枚目となるに従いズームアップされていく。三枚目の写真から、一台のトラックが写っていた。そのトラックはスラム街の広場でアメリカドルをバラまいていた。
「どうだい。よく写っているだろ?それらの写真は全て合衆国の偵察衛星から撮影された物だ」
 西京は写真をまじまじと見た。
 そこには周辺住民がトラックに走り寄って来る様子が写っているが、その写真では住民一人一人の表情まで確認出来た。アメリカの偵察衛星の精度が高いという話は聞いた事はあったが、その性能は西京の想像以上であった。
「それは一年程前に中国を偵察中の我々の衛星ラクロスが撮影した物だ。我々の調べた所では、そのトラックは現地で借りられた物で、中国人の運転手二人も自分達が何を運んでいるのか知らなかった……。彼らはただ金を貰って広場まで荷物を運んだだけだ。実は、こういう事件は中国以外でも起きていてね。我々が確認出来ただけでも世界中で百件以上の同一の事件が発生している。世間ではアメリカドル紙幣遺棄事件、なんて呼ばれているらしいがね」
 ここでジョイナーは一つ咳をした。
「その資金の出所はニューワールド、つまり君だ。君はトレードで得た資金を世界中の貧しい地域の住民に分け与えている。実に素晴らしい事じゃないか。先程君はアメリカのヒーローにはならないと言ったが、その辺の地域では既に君はヒーローになっている」
「……で、何が言いたい?」
「君にその行為を止めてもらいたい。君が世界中でバラまいている紙幣は、我がアメリカ合衆国のドルだ。それが市場から奪われ、世界中にバラまかれている事により、ドルの下落が生じている。君だって、金融危機のニュースは見ているだろ? 君のヒーロー気取りの行為のお陰で、世界に混乱が起きているのだよ」
 ジョイナーが前のめりになる。
 西京は見ていた写真を革のシートに放り投げた。
「混乱ね……。悪いが、俺は自分がやっている事を止めるつもりは無い。例え、俺の行為が原因で混乱が起きていたとしても……。俺はこの世界の構造を変えたいと思っている。むしろ、今起きている混乱は、世界が変わる為の、生みの苦しみだと考えている」