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漂礫 六、

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漂礫 六、


 庭で、子供たちが木刀を振っていた。子供たちに太刀を教えている若い男が気になっていた。
「怪我をしても一切の申し立てはなしにしてもらいたい」
 案内をしてくれている男が言った。
「もちろん」と答えた。
「みんな、そう答えるよ」
 男について道場へ向かう。ずっと、庭で子供たちと稽古をしている若い男が気になっていた。
 道場には、同じように修行中と思われる浪人風の男が数人、隅に座っていた。そのまた端に腰を下ろした。木刀で立ち会っている二人がいて、それを周りで見ている。
「お前も道場破りに来たか」
 隣の浪人が小声で聞いてきた。頷いて返事をする。
「さすが名門道場は強い。あれを見ろ」と目で示した先には、反対側の隅で横たわる浪人がいた。「突かれたんだ。速かった。踏み込まれた時には吹き飛んでいたよ」
 大きな気合が道場に響いて、上段から打ち込む男がいる。それを紙一重でかわして打ち返す。上段をかわされた男は振り向きざまに木刀を払って防ぐと後ろへ下がって間合いをとった。
「惜しかったな、今の。ぎりぎりでかわしたな」「何が」「上段だよ。速かっただろ、打ち込みが。だが、さすがだよ。ぎりぎりでかわした後も体勢を崩さず打ち返すんだからな、まああれだけかわすことに精いっぱいだと、そのあとの打ち込みも浅くなるんだよな。簡単に払われた」
 口数の多い男の隣に座ってしまったと思った。肩を上下させて息が苦しくなっている男が上段を打ち込んでかわされた道場破りで、上段をかわしたほうがこの道場の弟子。道場破りは肩を上下させたまま、じりじりと間合いを詰めていく。突かれる、そう思った。
「次の一手だな。目を離すなよ」隣の口数の多い男が言う。道場破りの木刀が動いた瞬間に床を突きぬくような踏み込みの音がして道場破りの体が後ろへ吹き飛んだ。
「いや、いい勝負だったな」「何が」「あの修行者もなかなかのもんだったよ。さっきの上段が寸前でかわされたことが残念だった」
 たしかに紙一重だったが、それは無駄に避けようとしなかっただけのことだ。力の差は歴然だった。
「ほかに」
 道場の真ん中で、木刀を手にして周りを見渡していた。
 隣のおしゃべりな男を見た。
「いや、俺は、今日は見学に来ただけだから」
 誰も出て行かないようすだったので、立ち上がった。
「見ない顔だな。よろしい、手合せしよう」
 木刀を構える。空気が張りつめていくのが分かった。あえて力を抜いて待った。俺の剣先から無力を感じたのか、相手はすり足で少し横に間合いを外す。その剣先を追いかけるように間合いを詰めたが相変わらず力は込めない。相手は息を吐いて俺の顔を見た。少し微笑んだように見えた。今までの相手とは違うことを認めた様子でもう一度間合いを外したが、すぐにその間合いも詰めてみた。
 木刀が跳ね上がると見えた。俺の剣先もそれに反応して動いてしまった。その隙を待っていたように床を踏み鳴らして胴を払いに来た。体を入れ替えてかわすと、いつの間に振り返っていたのか猛然と突きが飛んできた。
 これだ。
 待っていた。
 剣先を、相手の突きに沿わす。蛇が巻き付くように相手の木刀から腕まで螺旋に入り込む。突いてきた木刀は俺の体を通り過ぎ、右わきに相手の両腕をしっかりと掴まえた。踏み込んでいる相手の力を殺さずに、右わきを絞ったまま捻りこむと相手の体は簡単に床に転がり俺を突くはずだった木刀は大きな高い音を立てて見学している連中の前まで飛んでいた。
 俺に腕を極められたまま床に倒れた男は、何が起こったのか分からない顔で下から俺を見上げていた。
 倒れた相手をそのままにして立ち上がり、改めて木刀を構えなおしてから礼をした。
 呆気に飲まれかけていた道場の空気が、急に殺気立つのが分かった。
 ほかの弟子たちが一斉に木刀を構える。
「今日の稽古は、ここまでにしましょう」
 穏やかな声が道場の張りつめた気を替えた。さっきまで、庭で子供たちに稽古をつけていた男だった。殺気立った弟子たちは悔しそうな表情のまま木刀を下げた。俺に倒された男は木刀を拾い上げ俺を睨んでいる。道場の端に陣取っていた修行者たちは、手前勝手な解釈を口々に話しながら出て行った。
「よい稽古になりました」
 頭を下げた。子供たちに稽古をつけていた男も微笑んだ。「少しですが、菓子も用意してあります。お茶でも飲んでください」
 俺に倒された男は新左衛門といった。庭で子供たちに稽古をつけていたのは道場主で義倫(よしとし)と名乗った。
「父の義明が道場を大きくしました。私は、それを守るだけです」
 義倫が茶を飲みながら言う。その後ろには新左衛門がいる。「近頃は修行と称して道場をあらそうとする人たちがあとを絶たないので、この新左衛門が相手をしてくれているのですよ。頼りになります」
「今日、負けてしまったことで、明日は大勢の道場破りがやってくるでしょう。申し訳ありません」
 と新左衛門が義倫に言った。
「いや、こちらの武蔵どのが強いだけ。そこらの力自慢では新左さんには敵いませんよ」
「しかし面目ない。武蔵どの、どこで剣術を習われたのか、あの技はいったい」
 新左衛門を見て答えた。「幼少のころ、父に少し教わっただけ。あとは山の木を相手に打ち込み、獣を相手に斬りこむ程度」
 義倫が笑った。「野生ですね。しかしながら新左衛門を転がした技は見事でした」
 風が使っていた技だった。見よう見まねで練習していた。実戦で使えるようにしたいと思っていた。
「新左衛門どのの突きが見事だったので、ぜひ試してみたいと思いました」
 二刀を持った時に、左腕一本で相手の突きを取り腕を極め、右手の大刀でほかの相手を斬ることができれば完成だと思っている。
 俺は茶を置き、義倫に向き直って言った。
「ぜひ、試合いしていただきたい」
「私とですか」義倫は驚いたように言った。
「ぜひ」
 笑いながら義倫が言う。「新左さんでさえ敵わない武蔵どのの相手など、私が務まるわけがない。怪我をしてしまいますよ、私が」
 そう言う義倫を真剣な眼差しで射ぬいた。義倫は目を伏せるように首を振り、「私など、子供たちに稽古をつけるのが精いっぱいの落ちこぼれです」と改めて辞した。

「お待ちください」
 義倫の道場を出ると、すぐに声がした。振り返ると、隣に座っていたおしゃべりな浪人だった。
「いやあ、よかった。待ったかいがありました」
 言いながら、軽く袂を引っ張るようにして歩き出す。
「何の用だ」
「こんなところで立ち話もなんですから、」と、つい先の酒屋を指す。最近では量り売りをするだけでなく店先に机を出して飲めるようにしている酒屋が増えてきた。ちょっとした肴も出てくる。「酒でも飲みながら」
 義倫の道場で俺の隣に座っていたおしゃべりは壮平と名乗った。
 壮平は店にいた他の客に、今日見た義倫の道場での出来事を身振り手振りで芝居じみた大げさな話にして語り始める。その話を聞いていると、新左衛門はこの辺りで名の通った剣術使いであるようだった。
「あの新左が転ぶ姿なんて、想像できない」客の一人が言った。
作品名:漂礫 六、 作家名:子龍