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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「ぶどう園のある街」 第三話

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第三話

「お母さん、今ね私が小さい頃に懐いていたワンちゃんに出会ったのよ。偶然でしょうけど長生きしてくれていてから会えたのね。お母さんは覚えている?犬のこと」
「う・・・ん・・・」
「そう!よかった。ちょっとぐるっと回ってみようね。いろんな人が遊びに来ているよ。この辺変わってない?」
「か・・・わ・・・った」
「そうでしょうね、3歳のときだったから・・・19年も昔よね、きっと変わっていると思うわ」

美也子が3歳の時に家族は昌夫の勤め先の近くへ引越しをした。野村雅子が美也子の事を覚えていたのには訳があった。
ただ散歩の途中でショコラが懐いていただけではなかった。幼くして病気で亡くした娘の麻美(まみ)によく似ていたからでもあった。
きっとショコラも懐いていた麻美の代わりを見つけた想いだったのだろう、そう思えてならなかった。
月日が経ってもなかなか癒されない心を夫の死が追い討ちをかけてより寂しい気持ちにさせていた。その悲しみを救っていたのはショコラの存在だった。そんな事を解っていたかのように、その日の朝から散歩に連れてゆけと言わんばかりに吠えて催促していたのだった。
偶然ではない何かの力で雅子は美也子と再会した。そして偶然ではない何かの力で再び二人は再会する。

月日は流れた。美也子はヘルパーの資格からさらに介護福祉士を取得してこの春に自分が住む街に新設される介護施設「ぶどうの家」に就職した。
母親の介護が一段落したことと、父親の昌夫が定年退職して自宅にいるようになったので働きに出ようと行動したのだ。
初めて母親を散歩に連れ出した日から10年が過ぎていた。車椅子生活は変わらないが静江は自分で殆どの事が出来るまでに回復していた。
言葉もゆっくりとだが話し合えるようになっていたし、食事や着替えも少し手伝ってもらえば不自由なくこなせた。

「ぶどうの家」の開所式が終わって、スタッフ紹介も済んで美也子たちは明日からの対応を夜遅くまで話し合っていた。受け入れ者の名前が載っているリストをもう一度確認した美也子は「ノムラ マサコ」とカタカナで書かれた名前を見つけた。

「ノムラマサコさん・・・同じ名前の方がいらっしゃるのね」その時はそう思っていた。
介護つき老人ホームも併設している施設だったので入居者の名前がまさか自分が知っている野村雅子だとは思えなかったのだ。

翌日雅子に再会した美也子は10年前とは別人に変わっていることにショックを受けた。こんな仕事をしているからいろんな人を見てきているが、知り合いは初めてだったから強く感じたのかも知れない。雅子は若年性のアルツハイマーになっていると聞かされていた。

「野村さん、美也子です。覚えていますか?」
「みやこさん・・・?」
「ショコラちゃんと仲良かった美也子ですよ。解りませんか?」
「ショコラ・・・?犬?」
「そう!飼っていた犬の名前ですよ」
「そう・・・犬・・・あなたはどなた?」
「美也子といいます。覚えてくださいね」
「美也子さん・・・はい」
「じゃあ、皆さんと仲良くして暮らしましょうね」
「仲良くします・・・み・・・」
「美也子です」
「ええ、美也子さん・・・よろしくお願いします」

10年間でこの人に何があったのだろうか・・・自宅に帰って父親と母親に雅子の事を話した。

「そうだったのか・・・何があったんだろう。病気にかかったのかな」
「そんな風には見えなかったけど、何かショックが重なって突然なったのかも知れないね」
「ショックか・・・」
「ショコラちゃんはもう死んでいるだろうから、そのことで娘さん、ご主人、飼い犬、すべて失ってしまった事が思い出されてショックに感じられたんでしょう。私が近くにいてあげられていたら、そんな悲しさも少しは慰めてあげられたのにね・・・残念だわ」
「美也子がそこまで思うことはないよ。予想出来なかったことなんだからね」
「そうだけど・・・あの日私との出会いは助けを求めていた前兆だったのかも知れないと思うと・・・なんだか口惜しいのよ。
介護士って言う看板背負っているのに、何故気づいてあげれなかったのかって・・・ね」
「お母さんの介護の事で頭が一杯だったんだから仕方ないよ。これから精一杯介護してあげればいいじゃないか」
「そうね・・・そうよね。悔やんでも仕方ないよね。これからどうするかよね、大切な事は」
「そうだよ」

年の瀬を迎えてクリスマス会が催されることになった。職員みんなでいろんなゲームや歌やお芝居などを考えて当日に備えていた。
この日も遅くまで残って美也子は飾り付けの準備を一人でしていた。責任者として赴任してきて始めての企画を何とか成功に終わらせたかったから気合が入っていた。夜勤の職員が22時に出勤してくるとまだ残っていた美也子に声を掛けた。

「主任、遅くまでお疲れ様です。明日も朝が早いんじゃないんですか?大丈夫ですか」
「ありがとう、もうすぐ帰るから」
「歩きですよね?気をつけてくださいよ、遅いから」
「そうね、慣れた道だから・・・大丈夫よ」
「何か連絡事項ありますか?」
「特にないわ。日誌読んで仕事にかかって頂戴」
「はい、そうします」

美也子は着替えてコートを羽織って、もう真っ暗になっていた道を自宅に向かって歩いていた。近道をやめて車の走っている通りを歩くようにした。
電話をすれば父親が迎えにきてはくれるが、母の事もあったので一人で歩いて帰ることにした。

「ぶどうの家」は新しくJRの駅が出来るであろう場所の近く建てられていた。踏切を渡って道を登ってゆけばゆっくり歩いても15分ぐらいの自宅までの距離だった。県道の交差点に入るちょっと手前にカラオケ喫茶と反対側にコンビニがある。時折前を通ると入り口が入る客なのか出てくる客なのか解らないが扉が開くと大きな歌声が聞こえてくる。こんな時間まで中で歌っているのだろうかとちょっと気にはしていた。自分はカラオケをやらないので唄いたいとは思わなかったが、どんな場所なんだろうかと興味は感じていた。この日も前を通りかかると中から出てくる一人の男性と目が合った。
美也子を客だと思ったのか、

「今混んでますよ。唄えませんからボクも帰るところなんです」
そう言った。
「いえ、前を通りかかっただけですから・・・」
「そうでしたか、早とちりしました・・・すみません。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい・・・」

このときはその言葉を交わすだけだった。