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一対

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 雨の中、彼は走っていた。
 彼は今朝の出来事を思い出す。母親に今日は雨が降るから傘を持っていきなさい、とあれほどしつこく言われていたのに、彼ーー守は玄関の扉を開けると傘を持っていくことを忘れて学校へと向かってしまっていた。
 傘がないことに気付いたのは学校の校門を過ぎたあたりで、祈るように空を見上げたのを覚えている。
 見上げた空は青空だったーーそのときは雨が降るなんてこれっぽっちも思わなかったのに、と暗い空から流れ落ちる雨粒のどれともなしに睨みつけた。雨粒が傘代わりに頭に乗せた鞄を容赦なく打ちつけて軽快でリズムカルな音を発し、それを楽しむ余裕すら駆けだした当初はあったが、いまでは重いものを叩きつけるような荒々しい雨音に急き立てられるようにして走っていた。
 曇ったメガネがしぜんと下にずれる。メガネを掛けなおすにも曇りを拭うのにも、今はどうにも億劫だった。
 水を吸ってふやけた鞄をぐっと力を入れて掴む。カバンの中身はもうだめかもしれない。水が染み割ったってしまって、中の参考書はびしょ濡れか、よくても水は吸ってしまっているだろう。
 ーーどこかで雨宿りできる場所があれば良いのだけれど。
 守は角を曲がり、大通りから裏道へと足を向けた。一歩かける度に靴の中がぐにゃぐにゃとして気持ちが悪くなる。体も、服が水を吸ったせいだろうか、ずいぶんと重たく感じる。
 守は歩をゆるめた。この道はいつもの道とは違う。メガネをずらしていたせいで道を過ってしまったらしい。もと来た道にもどろうと踵を返した守は、それが目の中に飛び込んできて、思わずきょとんとした。
 裏道からさらに細いわき道を数歩行ったあたり、電柱の影に隠れているその店は、ネオンの明かりで周囲の闇からは切り離されていた。
 「ーーあやしいお店かな」
 守の頭の中にとっさに浮かんだのは、キレイなお姉さんが舞台で踊るようもので、そんなものを想像して期待できないほどに、守は子供ではなかった。だが、店の前に置かれたネオン細工の看板を見て守の期待は消え去った。
 看板には「本」という文字が赤いネオンで点滅している。
 ーこんな時間に本屋? 
 守は腕時計を見る。11時をすこしばかり過ぎたころだった。
 おねがいをすれば、雨宿りをさせてもらえるだろうか。そう考えた守は体を見下ろすと首を横に振った。こんなずぶ濡れの体で店に入ったら雨宿りを頼むどころか叩きだされるのがオチだろう。
 守はため息をついた。曇ったメガネを指先で擦り合わせるともと来た道に引き返そうとして踵を返しーー思わず悲鳴をあげた。
 一瞬の最中に頭上が白光に輝き、次いで雷鳴が轟いた。
 とっさに身を屈めていた守はおそるおそる頭上を見上げる。守は雷が苦手だった。あの、宣言もなしに突然ぴかぴかと光るのが、どうしても好きになれない。父親は雷が鳴ると庭にでて雷鳴を鑑賞しているが、守はどうしてもその神経が理解できなかった。
 二度目の白光に、守は身を竦めたまま本屋に向かって駆けだしていた。それを追うようにして雷鳴が続く。
 本、と表示されたネオンの看板を通りすぎると店は二階で営業しているようで細長い階段が急な角度で上っていた。
 守は急な階段を見上げた。ずぶ濡れで上がりこんで、文句のひとつふたつ、言われはしないだろうか。行くかいかないか、階段の手前で迷っていると、迷いを打ち払うように三度目の白光が頭上に瞬いた。小さな悲鳴を上げた守はあたふたと階段を上り始めた。数段上ったあとになって、守はふいに背後に視線を感じて振り返った。そこには人影などどこにもありはしなかったが、店の張り出した出窓から、2体の人形がこちらに顔を向けていた。赤姫の装いをした日本人形。雨にうたれる出窓の中でそれはこちらの様子を検分しているようにも思える。
 守は背筋に悪寒を感じながらも、白光に追い立てられて、本屋の扉を開いた。
 
 
作品名:一対 作家名:岩崎 司