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D.o.A. ep.17~33

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トータス大陸に、天然の良港はすくない。
ましてや大規模な船隊が碇泊できるようなものは、人工の二つといえるであろう。
ひとつは、ロノア王国海軍の軍港。いまひとつは、ティスラという港町である。
どちらがより無防備かは、論じるまでもない。
軍港目指してやってきた日にはその船隊は、集中砲火の憂き目に遭うだろう。

港町ティスラの南西に位置するこのフェン村が、ライルの所属する部隊の駐屯地に設定された。村といえどラゾーよりはずっと大きい。
村民は働き手となる一部をのこして近くの大きな町へ退去してもらい、無人となった家屋で兵士が寝泊りしている。
村の中央にて焚き火が燃えているのだが、ヘクトはその前を陣取ってうごかないのだった。

「それでも軍港を狙ってくる可能性もすてきれない。制圧したら海上権を握ったも同然だ。それに港町は見通しの良好な湾ゆえに襲撃を受けやすく―――」
「…ヘクト軍曹、なに言ってんの」
「ほっとけライル、独り言みてえなもんだろう」
ヘクトのそばにたたずんでいたダナルは、無精ひげのはえたあごをかきながらあきれていた。
どっちから来るかを、下っ端が延々悶々となやみぬいたところでさしたる意味はない。
しかもこちらは陸に上がってきたときの担当だ。その時にはもう、どちらを目指してくるかなどとうにわかっている。
「ぐーんそー、つまんないことしてないで!」
「つまらんこととはなんだ、レオグリット!いつやってくるかもしれないんだぞ、おちついてなぞ」
「レフィリー家の次期ご当主かもしれねー男が、そんな肝の小せえザマでやっていけんの?」
かっかっか、と笑いとばし、ダナルは手頃な岩に腰かけて天をあおぐ。遠くで花火がうちあがっている。
「…俺は、不安でしょうがないんだ」
「俺たちゃあ、やってくる敵をただやっつければいいんだよ。カンタンだろ」
ダナルとならぶと、いかにもヘクトが神経質な気の小さい男に感じられる。
が、大なり小なり、みな正体のわからぬ敵におびえていた。
ぶつぶつと悩みにふけるヘクトなどまだ良いほうで、ひどいものは不安に駆られて夜も眠ることができなかった。
ダナルのこの様子こそがむしろ、異様なのだ。
いつも、なんとかなるだろうと、楽観を信条に生きているらしい。
「…どうやったらお前のようになれるのだろうな、アインタイン」
「見習うんじゃねえよ。俺の生き方より、お前の生き方のほうがずっと、価値がある」
ダナルは視線を花火に向けたままいった。
「俺がなんとかなるだろうと思うのは、なんとかならなくてもいいからかもな」
つまんねえ人生だからさ、とダナルは珍しく自虐的なことをぼやいた。
「…アインタイン」
「ま、俺ほどではないにせよ、もっと気楽に生きろよ。いざって時にヘマするぞ、“レフィリーレジェンド”」
自嘲が、にやりとしたからかうものに変わって、途端ヘクトが露骨にあわてだす。
「…れふぃりーれじぇんど…?」
「やめんか!」
「こいつの得物はひいじいさんの代から受け継がれてる名剣なんだが、いくさで大ヘマして帰るたびに持ち主を丸坊主にすることにも使われてきた剣でな。
レフィリー家の男の恥を吸った剣として “レフィリーレジェンド”ってよぶようになったんだってよ。
柄の底に丸坊主の数だけキズが彫られてるよな。たしか今のところ八本くらい」
「………」
普通、伝説と名づけられるからには、功績だとか勲章がからんでいるものではないだろうか。
名前だけ聞くといかにも栄光的なものを連想するが、祖先からの大ヘマの記録ではそうとう恥ずかしい。
ダナルのような性格ならば、むしろ話のネタとして大いに活用するだろうが、ヘクトのような気質ではとても耐えられまい。
「なんで先輩、そんなこと知ってんの」
「入軍当初の歓迎会で上官が、その剣の名前の由来が聞きたい、って要求してよ。
ところがにわかにこいつあわてだしてよう、できればしゃべりたくないけど上官命令だからってけっきょく正直に話した。
笑われるどころか、悪かった、なんて謝られて小さくなってたっけなあ」
「…あの時のことは思い出したくない…」
焚き火の前で大の男がひざをかかえてうなだれているさまは、憐れというより滑稽である。
「軍曹、でもそれさ、死にそうな目に遭いながらも、ちゃんと生きて帰ってきたってことなんだろ」
考え方を変えれば、そうなるのではあるまいか。
「すごいご利益ありそうだよ。持ち主を絶対死なせない剣、みたいな」
「そ、そう…だろうか」
「ふん、それもそうだ。あのレフィリー家が、子孫に恥かかすだけの代物なんか受け継がせやしねえわ、うん」
ヘクトもしきりにうなずきながらライルの解釈に賛意をしめす。ヘクトは顔を上げて元気をとりもどしはじめた。
「それにしても、恥を記録しておく剣があるのに、功績を記録する剣はないのかよ?」
「うむ…人間いちばん成長するのは恥をかいたあとだという家訓があるんだ。それに、功績にはちゃんと賞状も勲章もいただくからな」

花火の最後は一気に数多くがうちあがった。夜空一面がきらめきにおおわれた。
空から花火のあとが消えてしまうと、ダナルは、腰かけていた岩からとびおりる。
民家のほうへと去りぎわ、ヘクトの肩をパン、と小気味よくたたく。
「勝つことだけ考えてな」
遠ざかっていく背中を見送ると同時に、ライルはここへ来たわけを思い出す。
「軍曹、食事の時間だ!早くしないと食いっぱぐれるぞ!」
「!ああ、そうだったな」
はやくはやく、と駆け足になる後輩を追うようにしながら、ヘクトは心中で感謝を懐く。

「…勝つぞ。レオグリット」
「イエッサー!」


作品名:D.o.A. ep.17~33 作家名:har