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遺書

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 離婚などと言う愚かな考えは捨てよ。俺は弁護士に頼み役所に離婚拒否願を出した。よく聞け。俺はじきに死ぬ。決してお前と他人になってはならぬのだ。いま他人になってはお前のこれまでの苦労はなんなのだ。俺は酔い、殴り、浪費した。お前はその陰で泣き、俺の尻を拭い続けてきてくれた。だけどもこれきりと、もう辛抱なりません、別れてくれぬのならば私は命を絶つのだと、女らしい思慮の浅いお前は崩れた。馬鹿ものが。死ぬのは俺なのだ。間違っても離婚などするわけにはいかぬ。離婚をすれば俺の資産は俺の碌でもない非常識な気狂いの親兄弟の物になってしまう。それはいかぬ。許されぬ。俺の資産は俺の血の結晶は、全てお前が引き継がねばならぬ。それが俺のお前への償いなのだ。無論そんなものでは償いきれぬ罪を犯してきた事は自覚している。だがせめてそれくらいは受け取れと言いたいのだ。俺が死ねば金が入る。金だけではない、様々な株や権利がお前に移る。別れるな、そして死ぬな。俺はもう長くない。俺はもう駄目だ。涙ながらにお前に告白しようとさえ思う。「俺は終わる」とそう告げられたなら。笑い草だ。出来もしない事だ。俺は気が小さくて酒の力が無ければ、どんな言葉も発せない。誰の顔も正面からは見られない。俺は、俺は、俺は死ぬぞ。もうじきに死ぬのだ。俺は若い時分から己の事を神だと評してきた。その度にお前は俺を「あなたは可笑しくおなりです」と言ったな。ああ、そうだ真実可笑しかったのだろう。だがな、お前は知っているか? 人の生き死には神にしか分らぬと世間の凡夫共が言っているという事を。ならば今こそ俺は神になったのだろう。俺は神だ、本当に神なのだ。痩せ細った体に自制出来ぬアルコールへの依存。およそ人間とは思えぬ程の知能の低下。愚の骨頂。それでも俺は神なのだ。なぜなら俺には俺が死ぬことが分かるからだ。もうじきに死ぬことが、人間の死期が分かるのだ。なぁお前、籍を抜いてはならぬ。お前が名乗る苗字は生涯俺のと同じでなければならぬ。これが散々に我を通してきた俺の最後の望みだ。俺は今日主治医に全てそのように、と伝えた。最後に良い医者に巡り合えたものだ。俺の運もまだ捨てたものではない。俺の死因は敗血症だ。どうだ? それらしくて良いだろう。俺は気に入っている。酒で死ぬのではない。自殺でもない。薬物でもない。お前が世間様に顔向けできないような事にはならぬ。万事安心して俺の死を享受せよ。お前は今まで己の人生の全てを俺に捧げてきた。喜びを打ち捨て、ただ俺の我儘を叶える為だけに生きてきた。有難う我が妻よ。そしてすまなかった。これからのお前はお前の為だけに生きるのだ。もしもあの世というものがあるのなら、俺は生前出来なかった事をする。お前をお前だけを見つめ、天からきっと守りぬく。これから先この国がどうなるものかは分らぬが、お前が案ずる事は何もない。俺がいなくなった後のお前の未来が幸福に満ちている事を、神であるこの俺が約束する。
 間もなく点滴の時間だ。あの医師は俺を決して裏切るような事はするまい。言えた義理ではないが、最後なのだから言わせてくれ。俺は紛れもなくお前を愛していた。歪んでいてすまない。尊い足音が近づいてきたので、これで筆を置く事にする。

 では、さらば。

作品名:遺書 作家名:有馬音文