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題知らず ~もしくは、雑輩に依るmadrigale~

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 鈴若は暗闇の中、夕顔の目を見つめて言った。夕顔は一度小さくしゃくり上げて頷く。離れの灯りがついて、正気がもどったらしく、掴んでいた鈴若の着物の袖を離した。夕顔も馬鹿ではない。禁を破った後にはどう言う仕置きが待っているか思い出したことだろう。俯いていた顔を何とか上げて、流すままだった涙を襦袢の袖で拭った。それからそろりそろりと歩き出す。
 離れにたどり着き、障子を開ける前に一度鈴若を振り返ったが、こちらの姿は見えないはずだ。鈴若は夕顔からは死角になる位置にいた。夕顔が中に入るのを見届けると、浅く息を吐いて、来た道を戻る。
 朝になって客を帰したら、喜助のもとに行かなければならない。今夜のことをきちんと話し、夕顔の世話は今後、別の男衆にさせてくれと頼むつもりだった。黙っていては、どこから誰が何を言うか知れない。
 まだ大丈夫だ。鈴若が憚って口を塞いでからは、夕顔は極力、泣き声を抑えたし、離れの灯りを見て自分を取り戻した。綻びが今以上に広がる前に、離れておいた方が良い。
 喜助は先代の番頭と違って話のわかる男だった。鈴若がこの店に来た当初は彼もやはり色子だったが、頭の回転が早く算術や商いの才があるのを客が見抜き、それを茶屋主が見込んで番頭の仕事を覚えさせた。少々短気なところはあるが、筋を通せば公正な目で判断してくれる。隠して知れた時の方が、きっと事態は悪くなる。
――それは夜が明けてからとして、とにかく『向坂様』を何とかしないと。
 廊下の小窓から月が見えた。部屋で見ていた高さより少し傾いたように見えなくもないが、夜明けにはまだまだ遠そうだ。
 こんな時刻に部屋を出た言い訳も兼ねて、鈴若は厨(くりや)に寄り酒の追加を頼んだ。