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天に飛び立つ銀の鳩

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燭台が照らすもの



 たとえばのはなしです、と前置きしてから、ハリーは話し始めた。足下の枯れ枝を踏むと思いがけず大きな音がして、リーマスは少しだけ後悔した。広いばかりの公園は人影も遠く、芝生のスペースを縫うように小道が続く。日当たりと景色ができるだけ良いベンチを探すという名目で、リーマスとハリーはほとほとと小道を進んでいた。中天からわずかに動いた太陽が足下に小さな影を作っていた。
 夜です。深い深い夜。月は出てないですよ、もちろん。空は晴れていて、星がいつもよりクリアに見える。空気が澄んでるんです。風は冷たくて、ローブの襟を合わせたくなる、ポケットに手を入れようかなという気持ちになる。そんな夜です。分かりますか?
 分かるよ、とリーマスは答えた。急に指先が冷えた気がして、胸の前に抱えたパイに手を添えた。それはまだほんのりと温かかった。足下の影は夜の闇に似ている。ハリーはステップを確認するようにひとつ頷いてから話を続けた。
 でも結局ポケットには手を入れずに歩きます。時刻は日付を超えて数時間ってところです。自分の他に動いているものは目に入らない。フクロウもコウモリも猫もきっと寝てます。プラタナスも寝てます。街灯も、ポストも、
 ゴーストもピクシーも。リーマスが口を挟むと、ハリーはにこりと笑った。ええ、そうです。ヒンキーパンクくらいは起きてるかもしませんけど。
 でも沼に引きずり込まれるのはイヤですね。水辺には近付かないようにします。
 それがいいね、とリーマスは答えた。夜の水辺はとても危険だから。
 それで、とハリーは続けた。それで、ひとりでてくてくと夜の道を歩いていて、はたっと思い付くんです。みんなは寝てるんじゃなくて、いなくなってしまったんじゃないか?
 ハリーは言葉を切って、軌道をほんのすこしだけリーマスの方に傾けた。リーマスは黙ったまま、話の続きを促した。
 だって、静けさが不自然なんですよ。通り沿いの家にはもちろん明かりなんてひとつもないんですけど、住人が寝てるからだとはなんとなく思えない。音も気配もない。誰もいないんだ、と殆ど直感的に思うんです。でも全然嫌な気持ちじゃないし、むしろ快哉を叫びたい気持ちになります。
 快哉?なぜ?と問うと、ハリーは少し困ったような顔をした。そこはそんなに重要なところじゃないから気にしないでください。そう言われ、リーマスはそれに従うことにして言葉を収めた。快哉。
 ハリーは15秒ほど黙って歩いたあと、条件反射のようなものですよ、と言った。問いかけに対する答えのようだったけれど、それは答えにはなっていない。でも気にするなと言われたので、リーマスにはもう問いを重ねることはできない。条件反射で誰もいない世界に快哉を叫ぶほど、彼は彼を取り巻く世界を疎んでいたのだ。ずいぶん長い間、そういう夢を見続けていたのかもしれない。
 で、と仕切り直してハリーは続けた。スキップしたいほど嬉しい気持ちになってぐるりとあたりを見回して、実際にちょっとスキップしてみたりして、それから急に、思い出すんです。自分にとって大切な人たちのことを。いままでそんなことすっかり忘れていたのに、思い出してしまったらそのことでいっぱいになってしまう。誰もいないってことが、ものすごく怖く感じる。さっきまであんなに嬉しかったのに、今は地面が抜け落ちてしまいそうなくらい怖い。心臓がばくばく耳の近くで騒ぎはじめて、気を抜くと誰かに腕を持って行かれそうな・・・僕の言ってること、分かりますか?
 分かるよ、とリーマスは答えた。うん、とてもよく分かる。
 それは君の話?それとも夢の話?リーマスが質問すると、ハリーは首を振った。たとえばの話ですよ、先生。そう言ったじゃないですか。そうだったね、と言うと、ハリーは少し拗ねたような目をしてリーマスを睨め付けた。ちゃんと聞いてますか、ルーピン先生?リーマスが答える。はい、聞いてます、先生。軽く笑いながらの返答にハリーは不満そうに唇を尖らせたけれど、結局、まあいいです、と気を取り直して話を続けた。
 怖くて、怖くて、とにかくじっとしていられない。でも振り返っても帰る家はない。たまらなくなって、ローブの襟をぎゅっと合わせて走り出します。街灯が道標みたいに遠くまで続いているけれど、その先に何があるかは分からない。でもその場所にじっと立ってはいられない。めちゃくちゃな言葉を叫びながら駆け出します。街灯は案内の標識みたいに次々に現れるから、それを目印に。自分の影が前になったり後ろになったり、長くなったり短くなったり、何度も繰り返して。道から少しでも外れた場所は本当に暗くて、とても足を踏み入れる気になんてなれない。だから道に沿ってただ走ります。街灯がレールみたいに僕を運ぶ先に何があるのかなんて、どうでもいいんです。その先に誰かを探していたはずなのに、今はもう逃げられれば、それで良かった。
 僕、という一人称を、リーマスは聞き逃さない。彼の物語は同時に「わたし」の物語でもあったからだ。いつの間に「彼」の話が「わたし」の話になったのだろう。先生と呼びかけられて、自分の足が止まっていたことに気付いた。一歩先の辺りで、ハリーが振り返ってリーマスを見ている。足下の影も動きを止めてリーマスの気配を伺っている。ちいさな闇から手を伸ばして足首を掴むタイミングを計っている。
 先生、と呼ぶ声がする。ハリーがリーマスを見ている。
 なあに?と答える。笑顔を作ることはもう嘘でさえなかった。
 ハリーは一呼吸置いて、リーマスの瞳を正面から見つめた。
 催眠術にかけられたみたいに、僕はやみくもに、走っていて。ハリーは続ける。リーマスの目に視線を合わせたまま、古い詩を暗唱するような口調はきっと感情を抑えるためだ。
 僕はようやくあなたのことを思い出すんです。
 リーマスはハリーを見つめ返す。いま彼の目にどんな自分が映っているのか、リーマスには知るすべがない。だからことさらに静かに見つめ返す。
 あなたのことを思いだして、僕はようやく、立ち止まることができる。真っ暗な夜の中で、こわれたポンプみたいだった呼吸を整えて、頭を振って、あなたを探しに行かなくちゃって思う。先生もきっと、同じような場所にいるはずだからって。
 ハリーは足を止めたまま、じっとリーマスを見上げる。そのまま口を噤むから、リーマスは訊ねた。それから、どうなるの?ハリーは何かを諦めたように首を振った。分かりません。痛みに耐えるような顔をして、ハリーはリーマスを見つめ続ける。彼の見つめる先にあるものは。わたしが辿る道の先にあるものは。わからない。わからない。
作品名:天に飛び立つ銀の鳩 作家名:雀居