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情熱と嫉妬と欲情と。

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情熱と




 推理小説は寝る前に読むべきではない。お陰さまで、本日は寝不足だ。ユナは大きな欠伸を一つついた。
 しばし睡眠をとるには、午後からは使用されていない3号棟の202号室がいい。あたたかい午後の日差しは柔らかくユナを眠りに誘うだろう。
 校内の生い茂った木々にも、手入れされた花壇にも目もくれず、だらだらと歩く。1階上に上がるだけなのに、エレベーターを使うのは、眠気に負けたからではない。ユナはずぼらなのだ。必要最小限しか動きたくない。時々手だけがゴムのようにびよーんと伸びたらいいのにと思う。食べるときはカメレオンのように舌がびろーんと伸びたらいいのに。
 半分眠りながら、202号室のドアを開けようとすると、中から話し声が聞こえてきた。聞き覚えのある声に目が覚め、聞き耳を立ててしまう。

「……つきあってくれない?」

 緊張した女の子の声に、男はどうこたえるのか。
 ユナは、彼が何度もこたえてきた言葉を返すと思った。

「ごめん。つきあえない」

 やはりそうか。今まで誰も彼を射止めた女の子はいない。どんなに非の打ち所がない子であっても、彼はいつもそう告げる。
 理想が高いのか、それとも、興味がないのか。年頃の男が女に興味がないとは考えられないが。

 彼――芹沢に惹かれるのもわかる。
 彼は人には無い物を持っている。
 その一つは誰が見ても納得する端整な面差しだ。ユナは中学時代から芹沢を知っているが、変声期を迎えるまでの彼は美少年だったのだ。思春期になり、いやらしい情報を得てからはすっかり男らしい顔立ちになってしまったが、奇跡のように美しかった時期を一緒に過ごせたのは貴重だと思う。

 美しいものには棘があるように、彼も棘を持っていた。
 気軽に近づいてくるものを良しとせず、テリトリー内に立ち入ろうとしたなら、毛を逆立てて牙を剥く。
 今までじゃれあっていたが、突然本気で怒り出した芹沢に目を白黒させる。境界線がわかりづらいだけに、何がいけなかったのかわからない。よく見ていたらわかることだが、気付かない人が多い。気付いてくれない仲間に芹沢は怒るのだ。

 ――そーゆーやつらを友達とは思わない。

 きっぱりと芹沢は告げた。彼には白と黒しかない。あいまいなものはいらないと芹沢は主張するが、あいまいであるからこその利にしがみついているユナは同意できなかった。

 震える声で女の子が告げる。

「好きな人いるの?」
「いないけど」

 言ってから芹沢は後悔したに違いない。好きな人がいるから自分とはつきあえないと、答えられた方が納得する子だと気付いたのだろう。きっとうんざりげな表情をして突っ立っている姿がありありと浮かんだ。

「誰とも付き合わない」

 何を言われようとも彼女に振り向くことがないと宣言するように芹沢は告げた。
 本気で言っているのかと思うとユナの胸が痛んだ。
 思わず持っているかばんがバサリと落ちた。その音を聞きつけたのだろう。ガラリとドアが開いた。芹沢は冷たい光を宿した目でユナを見下ろす。

「盗み聞き? 趣味悪いねー」

 軽い調子で告げたが、青白い炎が立っているのが見えた。芹沢は心底から怒っている。
 誰に?
 ユナに。それとも、芹沢の心の中を知らずに踏み込んできた女の子に?

「違うわよ。たまたま」

 ユナは焦りながらこたえたが、言い訳にしか聞こえないだろう。最後まで言う前に、芹沢はユナの腕を掴んでひっぱっていく。

「ちょっと! 誤解されるじゃない!」

 残された彼女の視線を感じた。関係ねーとうなるように芹沢は告げた。

「盗み聞きした罰だ」

 罰にしては重すぎるんじゃないとユナは抗議するが芹沢は聞き入れず、強い力でどこかへ連れて行く。顔が青ざめるようなところへと連れて行かれるんじゃないかと危惧したが、駅前近くまで来ると、芹沢は突然手を離し、ゆっくりと振り返る。普段と変わらない柔らかな表情にユナはほっと息をなでおろした。

「お前、いったい、何しに来たの?」
「眠りにきたの」

 なるほどと芹沢は頷いた。

「確かに、あの教室は一眠りするにはいいわな」
「はい……。だから、盗み聞きするつもりはなくて……」

 ユナは低姿勢で刺激しないように慎重に話す。彼はニカリと笑ってきた。さっきまでの怒りは何だったのだろう。ころころと機嫌が変わる芹沢にいつも振り回されてばかりだ。だが、雨の後の虹のように清々しく笑われたら、女子がときめくのも当然なわけで。

「ヒロ先輩とこ行かない?」
「今から?」

 ヒロ先輩と聞くとユナの胸がドキリと鳴る。ヒロユキは就職先が決まった大学4年生で、「何かしら何かがしたい人が集まる会」という未だよくわからないサークルのメンバーである。入学してからまもなく、中庭のベンチに腰をかけて、アルバイト情報誌を見ていると、いいところあるよと話しかけられてきた。
 春のまばゆい光を背負って現れた男は、背が高く、引き締まった体と、無邪気な笑顔がアンバランスだった。

「雑用で、特に難しくはないけど、どう?」

 初対面の人に言われても頷けるはずもなく、かといって、上手くこたえられなかったユナに、ヒロユキはごめんと謝った。

「怪しくない仕事だから、安心して。俺、就活するから、俺のかわりに入れる子探してたんだよ」

 就活するということは、三年生。
 二つ上かぁ。年を知ると、大人に見える。

 人見知りしがちなユナだが、彼の親しみやすい雰囲気についつい話してしまった。

「何故、私ですか?」
「新入生だろう? だったら、長く勤めてくれそうだし。君、売り子とか苦手そうだなぁって思ってさ。後、サークルに入ってくれたらいいなぁなんて」
「本当はサークルのメンバー集めだったんじゃないですか?」
「あ、バレタ?」

 ハハハと笑った彼につられて笑った。初対面でこんなに話せたのは初めてだった。
 その日から、気がついたらずっとヒロユキを探していた。一瞬だけでも彼を見かけられたら、幸せだった。会話できたら、天まで舞い上がった。
 初恋は思春期に訪れるようだが、残念ながらユナには訪れなかった。クラスの女子が誰が好きだどうのとしゃべっているのを聞いても、ピンとこなかった。今なら彼女たちの気持ちがわかる。気持ちが上昇することなんて、そうそう起こらない。

「まだ寝てると思うけど。寝込みを襲おうぜ」
「芹沢、あんた、鍵持ってるの?」

 芹沢は得意げに笑ってポケットの中から鍵を取り出した。

「何であんたが持ってるわけ?」
「ヒロさんが俺を信頼して、預けてくれたんだよ」
「嘘ばっかり」
「知りたい?」

 ニマニマと嫌らしい笑みを浮かべる。芹沢はユナがヒロユキに片思い中だと知っている。知っているからこそ、意地悪をしてきた。カチンときたユナはそっぽを向いた。

「知りたくないわ」
「強がっちゃってさぁ。けど、絶対やらねーよ」

 誰があんたからもらうもんですか! いつか、ヒロ先輩から直々にもらうんだから。

 ヒロユキのアパートの鍵を振り回しながら歩く芹沢の背中を蹴り飛ばしたくなった。
作品名:情熱と嫉妬と欲情と。 作家名:加味恋