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漂礫 四、

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 日が暮れると、大声の侍が一人で来た。
「見張りの交代か」
「夜だからな、ほかの連中は家に帰りたいだろう」
「お前は帰らないのか」
「仕事だからな」
「この部屋で寝るなんて言い出すなよ」
「店先にいるつもりだ」
 旅籠の前の通りから人の気配が消えたころ、部屋を出て店先の侍へ酒を持って行った。
「なんのつもりだ」侍が言った。
「寝ているかと思っていた」「寝ていたら、外へ出ていくつもりだったのか」
 酒を出すと勢いよく飲み干した。「酔っても油断しないし眠りもしない」
「俺が部屋にいて、殺しがあれば無罪釈放だ。だが、罪のないやつが死ぬことになる。それなら、今から一緒にその辻斬りを退治しに行かないか」
 おもしろい。
 大声の侍が、小さくつぶやいた。
「なんで、お前の女房まで着いてくるんだ」侍が風をちらりと見て言った。
「もしも、この女が辻斬りだとしたらどうするんだ」
 俺がそう答えると、振り返って風を見まわした。
「ありえないだろう。侍を斬れるようには見えねえ。しかし、お前みたいな落ちぶれた侍にはもったいない」
「説明しても仕方ないことだが、女房じゃない」
「妹ってわけでもあるまい。まあいいさ。うらやましい限りだぜ」
 風が立ち止った。俺も、大柄の侍も風を見た。
「もう黙れ。人の気配がする。ついて来い」
 風を先頭に、小走りに路地を抜けた。
 大きな通りを横切り、また路地に入って立ち止った。
 小さな橋があり、人影が見えた。河原から出てきたその影は周りのようすを窺うようにして着物を整えて歩き始める。その後ろから気配のないもう一つの影が近づいてきた。
 大声の侍が飛び出した。
 気配のない影が止まった。河原からもう一つ、人影が出てきた。女だった。
 河原から出てきた女は、月の明かりに光る刀を見て凍りついた。大声の侍が河原から出てきた女に気を取られた隙に、気配のない影が走り出す。
「逃げられた」
 大声で叫ぶ。
 走り出した辻斬りの前に、もう一つ人影が飛び出した。辻斬りは走りこんだ勢いのまま抜身の刀をその人影に向けた。人影は舞うように刀をかわし足をかけて辻斬りを転がした。
 俺と大声の侍が追いついた。人影は風だった。
 転がった辻斬りはすぐに立ち上がり、構えた。
 色白で華奢な侍が、刀を構えて息を整えていた。
「お前、こんなところで何をしてやがる」大柄で声の大きい侍は驚きを隠せずに言った。
「辻斬りだ」
「ばかな。お前みたいな非力なやつに辻斬りなど」
 言いかけた侍の喉に、辻斬りの刀の突きが飛んだ。大声を出す喉をその刀が突き刺さる寸前に、横から刀を振り払った。
 大声の侍は後ろへ尻餅をつき、声も出ないようすだった。
「こいつは、お前が思っているような非力な侍じゃない」言った。
 振り払われた刀は、すぐに俺に向いた。
「お前の親分に代わって、俺が聞いてやる。なぜ、侍のくせに辻斬りに落ちぶれた」
「大声でわめき、威張り散らすことが侍か」
 低い声で答えた。
「俺の質問の答えになっていない」
「今朝、死んで見つかった侍は、真面目に働いている町人にいわれのない罪を着せ、お縄になるのが嫌なら銭を出せと迫っていた」
「殺された連中は、それなりに罪があると言いたいか」
「そういうことだ」
「女は。ただの夜鷹だ」
「見られたから斬った」
 辻斬りの侍は後ろに引いた。俺の刀の気配を感じたのだろう。続けて言った。
「俺にも罪があると言いたいのか。そんなことは承知の上だ。だが、ただぶら下げて飾っているだけの刀など意味がない。そこの腰が抜けた大馬鹿のように威張り散らして弱者を守るか、俺のように悪党を斬って弱者を守るか、それだけの違いだ」
 構えている辻斬りの刀に気が入った。俺も少し引いて間合いを外した。
 辻斬りの侍が一度、息を吐いて続けた。「正義を振りかざして、俺を斬るか」
「残念だが、関係ない。俺は剣を極めたい。お前は十分な相手だ」
 突いてきた。切先を合わせてかわす。本気で突いたわけではない。こちらの出方を見ただけだ。息を吐く。上段と見せて後ろへ引いた。辻斬りはつられるように前に出たがすぐ止まって青眼に構えた。
 上段で息を整えた。
 次の一手。
 汗が額から流れた。
 月の明かりで、青眼の刀身が光った。
 振り下ろす。
 腹に衝撃が走った。
 辻斬りの頸から左肩にかけて剣先が駈け抜ける。
 辻斬りの刀が落ちた。
 膝を付き、首から溢れ出してくる血の中で、色白で華奢な辻斬りが言った。
「鎖帷子か」
 斬られた俺の着物から鎖帷子が見え、月明かりに光っていた。
「これがなければ、俺は負けていたか」聞いた。
「いや、踏み込む前に、お前の刀が俺を斬っている」
 倒れた。
「あの巻き藁は、斬れないように細工されていたらしいぞ」
 俺の声は聞こえていなかったかもしれない。
 風に支えられて、声の大きい侍が立ち上がっていた。
「こいつは、夜回りしていて辻斬りに斬られた。問題があるか」
「いや、ない。惜しい男を失くした」
 小さな声で、答えた。


 
作品名:漂礫 四、 作家名:子龍