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フォーゲットミーナット ブルー【プロローグ】

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【プロローグ】


「あぁ、失敗したわ」
結衣は残念そうに溜息をついて、ドレッサーの鏡をのぞきこんだ。通信販売で購入した口紅の色が合わないというのだ。
「ツヤは出るんだけど……色がダメ。薄いのよ」
「………似合ってると思うけど?」
私の言葉に、結衣が振り返る。少しクセのある長い髪が、ふわりとなびいた。
………綺麗。
本当に綺麗なのに、彼女は自分に対して否定的なところがある。たとえば、自分の体型、肌のコンディション、髪の毛、スカートやジーンズの丈、ヒップとバストのライン。すべて、誰よりも美しいと思うのに、結衣は認めない。私が何度も“気にしすぎだ”と言うのだけれど、聞きいれてくれない。
「恵里にあげるわ」
「そんな……もったいないよ。私のほうが似合わない」
「なに言ってるの……」
結衣はスツールから立ちあがると、私のもとへやってきた。
ドキドキする。
彼女の仕草、声、澄んだ瞳………すべてが優雅なのだ。一緒に暮らして2年は経つけど、私は飽くことなく、結衣の美しさにとりこになる。
「ほら、塗ってあげる」
柔らかな白い指が、私の顎に触れた。心臓が……いや、全身がドキッと鼓動した。
私は思わず目をつぶる。唇の上に、やわらかな感触が広がっていく。結衣との間接キス。それを意識すると、体温が上昇していくのが分かった。
「やっぱり似合うじゃない」
「え……?」
「見て」
結衣は手鏡を手渡してくれた。私の唇が、ほんのりピンクに色づいていた。とても綺麗な色。
「ね? あげるわ」
「そ、そう? ありがと……」
「恵里って何でも似合うわ。うらやましい」
どこか満足げに結衣は微笑むと、スッと立ち上がった。私の胸が、とたんに締め付けられるように痛む。
「そろそろ行かなきゃ……功一が待ってるから」
いかないで………と、言いそうになる。でも、だめ。
「気をつけてね」
「うん、じゃあ、行ってきます」
結衣はひらひらと手を振ると、部屋を出て行った。私は彼女の足音が消えるまでじっと耳をすました。
「……いかないで」
ポツリとつぶやく。週末は大嫌い。結衣が彼氏のもとへ行ってしまう日の夜は、一人ぼっちになってしまう。
今夜も切なくて、苦しくて泣きそうな夜を過ごすのか。そう思うと、やっぱり辛かった。
私はキュッと唇をかみしめる。
耐えなければいけない。結衣に対する想いを隠し通せば、私たちはうまくやっていける。そう、うまくやっていけるのだから。


【つづく】