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変身

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 タケルは自殺を図ったという噂は知っていた。その原因が自分にあると勘違いしていた。あの日、怒って美沙子を叩いたのが原因だと思い込んでいた。だから今日、謝ろうと思った。だが、なかなか言い出せない。それに、どこか前と違っている。どこか……
 タケルは振り返った。美沙子のところまで戻った。
「どうしたの?」とタケルの方を見て尋ねた。
タケルは何も言わずに美沙子の華奢な手を引っ張った。
「話があるんだ」
「どんな話?」と美沙子が聞いてもタケルは答えない。
 ほとんど会話をせずに、タケルは自分の部屋まで美沙子を引っ張ってきた。そして、乱暴に部屋のカーテンを閉めた。
 美沙子はこれから起こることを予感した。
「だめよ」と軽く拒絶したが、タケルは聞く耳を持っていなかった。
 タケルは美沙子を抱き寄せてその唇に唇を重ねた。美沙子は観念して目を閉じ、身を委ねた。その時、心のどこかで、二人の関係が終わりに近いことを予感した。そして、河に身を投じたときのことを思い出していた。確かにあの時、死んだ。あの時を境にして、何かが死に、同時に何かが生まれたのだと悟った。それが何なのかずっと考えているうちに、いつしかタケルが体を離していることに気づいた。
「何を考えている?」とタケルを聞いた。
「どうして、そんなことを聞くの?」
「いつもと違うから」とタケルは不満そうに言った。
 どこから入ってきたのか、部屋に一匹の蝶が羽ばたいていた。それを見つけた美沙子は「蝶が飛んでいる」と指差した。
「ほら、あそこよ」
 そのとき彼女は閃いた。自分も蝶のように変身したのだと気づいた。古い殻を脱ぎ捨て、新しく生まれ変わり自由を飛び回ることができるようになったことも。なぜだか分らなかったが、同時にタケルへの思いも消えたことにも気づいた。
「私たちの関係、終わりにしましょう」と美沙子は言った。
「どうして?」
 美沙子はそれが聞こえなかったかのように立った。
 しばらくして「分からないけど、その方がいいような気がするの。あなたと歳が違い過ぎる。いつか飽きられるような気がする。捨てられて、惨めな思いをしたくないの」ときっぱりと言った。
 それは明らかに嘘だったが、タケルは美沙子の強い口調に何も言えずかった。一方、美沙子は蝶の行方が気になって、視線をあちこちにやってみたが、見つからなかった。


作品名:変身 作家名:楡井英夫