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In der Stadt von einer stillen

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3. Resonanz - 共鳴 -


俺は彼女の手を引いて急いで部屋を出た。途中、廊下で2人の人影ーーフィンリルとガルシアを見かけたが、構わず奥の寝室へ入り、乱暴に扉を閉めた。
「…ごめんなさい、突然現れ…て……?!」
部屋に入るなり、アザレアが苦笑してこちらを振り返ったが、息の詰まる想いに限界を感じていた俺は、気付けば彼女を抱き締めていた。聞きたいことは山ほどある。だが、そんなことよりも胸を突き刺すような痛みの方が遥かに勝っていた。彼女が唐突な俺の行動に顔を真っ赤にして慌てふためいていたことも視界に入らず、その華奢な肩を、首筋を、髪を、その存在を確かめるように触れた。
「え!?…あの、ああああ、あのっ…えぇ…!?」
「…すまなかった」
「……え?」
「俺がお前から全てを奪った…、俺が…、お前を……――殺したんだ」
「―――!!」
彼女が救ったこの命を投げ捨てる事も出来ないまま、どう償えばこの罪は許されるのかと幾年も苛まれた。他人の命を奪うなど、何とも思わなかった自分を彼女がその身を以って変えた。
ずっと伝えたかった。詫びたかった。…許されたかった。誰でもない、彼女に。
「…私は!!……私は…」
そのまま彼女は言葉を詰まらせた。そして、歯を食いしばって過去を繰り返す俺をそっと抱き返した。それは、罪に穢れた俺には優しすぎる抱擁だった。願ってもいない温もりだった。俺は救われてはいけない、ずっとそう思ってきたから。
「…私は…あの時、貴方を助けたんだと思っていた。でも…、でも、こんなにもずっと…貴方を苦しめていたのね…」
「……っ」
彼女の声は静かに、けれど震えていた。泣いているのだろう。小刻みに肩が震えている。素直に感情を表現する彼女も、過去の中ではいつも静かに泣いている。
「…ごめんなさい。貴方と分かり合いたかった。もっと話がしたかった。そんな私の些細なわがままで、貴方の未来を狂わせていた」
「違う…」
彼女は闇精霊の俺をも、あの時と変わらない眼差しで見ている。自分以外の何も信ずる事なく、荒れ果てた場所でただ目障りなものを斬り捨てるだけだった俺の世界に、何の躊躇いもなく光を纏って触れたのは彼女だった。それは、闇精霊ならば生涯垣間見る事のない光。
「…お前があの時残したものが、今の俺の全てだ。お前が俺を生かした」
「そんな、私はただ…――あっ!もしかして、私達…」
「――!?」
アザレアの言葉で初めて気付いた。互いの姿が空気に同化しているのを。無になる感覚、罪も穢れも洗われるような静けさ。何もかも透き通るように伝わる共鳴、そして融合。…――暖かい。あの時、彼女が呟いた意味をようやく理解する。
「…嘘みたい。貴方とこうしていられるなんて…。それに、貴方の心がこんなにも暖かい…」
「…お前が変えたんだ」
かつての自分を知っている彼女から見たら、今の俺の変貌は信じがたいのだろう。敵対関係にある闇精霊が光精霊を目の前にして刃を向けないという事そのものがあり得ない事態なのだから。そんな俺とて、彼女に出会った時は何の感情もなく消す気だった。だが、彼女の毒気のない過去を見て斬る気が失せた。何でもないその出来事が、長年の時を経て俺達の運命を織り成した。
俺自身、未だに信じられていないのだ。当時の記憶しかない彼女には天と地がひっくり返ったような奇跡だろう。まるで夢を見ているのではないかと言わんばかりにじっと見つめてくる。あまりにも長い間そうしているので、つい可笑しくなって軽く微笑むと、彼女は目を瞬かせて頬を紅潮させた。
「…私、今でも言えるわ。…貴方に会えて良かった」
「アザレア…」
「私は後悔してない。…だから、謝らないで。貴方は、光と闇が分かり合えるって私に証明してくれたもの…こんなに、…こんなにも」
そう声を震わせてアザレアは涙を流した。それが悲しみの涙ではないことは、共鳴した俺には手に取るように解った。
俺達は長く隔てた互いの空洞を埋めるように抱き合った。それはこの世の何にも変えがたい、光のような時間だった。

俺は夕闇色の悪夢から救われた。
彼女はもう、泣いてはいない。
作品名:In der Stadt von einer stillen 作家名:一綺